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言葉への向き合い方は、人と人との関係に似ている。(若松英輔) [若松英輔]

若松英輔さんの日経連載「言葉のちから」。12月16日言葉を練り磨く〜マラルメ「詩の危機」」。

《言葉はなるべく丁寧に用いた方がよい。不要に用いられた言葉一つでも、世のなかを大きく動かすことがあるからだ。そんな現実を私たちは日々、日常生活だけでなく、政治や経済の世界でも目撃している。/丁寧に用いるためには、言葉との関係を丁寧に築き上げていかなくてはならない。事情は人と人の関係に似ている。利得で結びついた関係は、利得が無くなれば終わる。だが繊細に深められた関係は、危機においてこそ、いっそう強固なものになっていく。》

言葉を記号だと思っているあいだは練磨することはできない。だが、言葉の本質が、不可視な意味であることを実感すれば、練磨せずに言葉を用いることの方がかえって怖くなる。

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「読書にまつわる因習」(若松英輔) [若松英輔]

日経「言葉のちから」(10/28)にこうあって我が意を得た。読書にまつわる因習が、人々を読書から遠ざけたように思われるのである。正しく読まねばならない。全部読まねばならない。教養として読んでおかなくてはならない。こうしたことが読書の因習である。》

恥ずかしながら、この因習から全く自由になったのはそう昔のことではない。「自分主体の読書」ができるようになることで読書の因習からの解放となる。自分主体の読書ができるということは、自分が何ものであるか限定されているということだ。要するに「先が見えた」ということか。無駄な時間はそう残されてはいない、ということでもある。

病院で7泊8日を過ごしてきた。鼠径ヘルニア(脱腸)の手術で、本来2泊3日ぐらいで済むのが、血液サラサラ服用ゆえ準備期間が必要だった。いい機会とばかりにあれこれ本を持ち込んだが案外読めない。ただ、『魂鎮への道』を、出る間際にふと気になってバッグに入れたのは正解だった。集中して一気に読み、いまも余韻か残る。飯田氏との対話が続く。もうひとり、高啓氏との出会いもあった。非出世系県庁マンのブルース』切実なる批評―ポスト団塊/敗退期の精神』。飯田氏が前景に出てしまったが、いずれじっくりレビューをと思ってる。

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夢のリアリティ [若松英輔]

この頃目覚めて夢の感覚をリアルに覚えていることがある。場面の記憶と一体になっている。それが現実へのヒントになることもある。そんな折に読んだ若松さんの「ものがたり」論にシンクロニシティ感。

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力量と器〜吉本隆明『詩とはなにか』(若松英輔) [若松英輔]

吉本隆明とばななさん.jpg若松英輔氏の毎週土曜日「日経」連載「言葉のちから」、今回は吉本隆明だった。若松氏の吉本についての小論を読んで感銘を受け、「最も深い「吉本隆明論」」と題して書いたのは9年前だった。→https://oshosina.blog.ss-blog.jp/2014-08-23 その若松氏が吉本について書いた文章、私には貴重だ。

若松氏は昭和43年(1968)生まれなので私より2世代若い。われわれにとって吉本は畏れ多い教祖的存在だった。若松氏は吉本宅を何度も訪ねて「延々と」話をしている。若松氏の「力量」のゆえにはちがいないが、世代による吉本への距離感のちがいも思う。私にとって吉本が身近になったのは、吉本が亡くなったことによってだった。→「<追悼・吉本隆明さん> あなたのおかげで大人になった」https://oshosina.blog.ss-blog.jp/2012-03-21 そうしてはじめて吉本宅を訪ねることができた。→「吉本隆明さんの御霊前にお参りしてきました」https://oshosina.blog.ss-blog.jp/archive/c2302757931-1

若松氏は吉本の言葉として詩とは何か。それは現実の社会で口に出せば全世界を凍らせるかもしれないほんとのことを、書くという行為で口に出すことである》をあげた。先の「吉本小論」で若松氏は、(吉本さんが)「あなたは、老いと悟りの問題をどう考えますか。悟りというものはあるのでしょうか。」こう述べた後、こちらがどんな人間か自己紹介をする間もなく、吉本さんは、十分間ほど自分の考えを述べ続けた。自分も知っている、ある高齢の、高僧と言われた人が自殺した。宗教的な悟りと言われているものは、じつは人間を根源から幸福にするものではないのではないか。それは、人生の秘密を告げ知らせるものではないのではないか、というのである。さらに彼は、悟りとよばれる現象はあるにしても、それは生きるということにおいてはほとんど意味を持たないのではないか、とも言った。その語り口は、何か身に迫るものを感じさせた。この問いを見極めることに人生の大事がある、という風にすら映った。》と書いた。私はそこに「世界を凍らせる」言葉を実感してこう書いている。この部分を読んだだけでこの小論を記録に留めておかねばならないと思ったのだった。吉本隆明と若松英輔という希有な出会いが、「悟り」というものをあっけなく相対化してしまうという歴史的文章に私には思えたのだ。もうこれだけで、吉本とタッグを組んだ若松氏の言葉は「世界を凍らせる」。(「凍らせる」という言葉が、必ずしも「冷たく震え上がらせる」ということだけではなく、詩語本来の意味としての「形をあたえる」という意味合いをも多く含む。若松氏はこのことをも気づかせてくれている。)》

私が吉本から得たいちばん大事な言葉が心の状態だけを大切にしなさい」であることは言を俟たない。出典はここ→エリアンおまえはミリカを愛しているだろうが、色々な事は考えない方がよい 心の状態だけを大切にしなさい おまえがミリカと結ばれるかどうか、それはお前の考える程、簡単には決められない 運命がそれを結べば結ばれようし、結ばれなければそれまでだ 人の世はそのように出来ている》。米沢時代の文章である。

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読書論 [若松英輔]

《誰の人生にも、ひとりになり、言葉とともに歩き始めたとき、はじめて開かれる意味の扉、人生の門のようなものがあるのではないだろうか。》

若松英輔氏の言葉には、たしかな”手応え”がある。”手応え”とは手触り感であり、身体で感じるということだ。

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「書くことは手放すことである」 [若松英輔]

《経歴や過去の実績の話を得意げにされると興ざめになる。そこに立ち顕われるのは、影のようなもので、今、生きているその人ではない。過去を誇る人は、もっとも魅力があるのはかつて行ったことではなく、それらを昇華させ今、ここに存在しているその人自身であるのを忘れている。》

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「モチーフ」という実在(若松英輔) [若松英輔]

《モチーフは、自分というものが鎮まったとき、力を帯びて顕現する。それをつかもうとしたり、自分の自由にしようとしたとたん、関係は見失われる。人はモチーフを実現するために生きるのではない。むしろモチーフによって生かされている。モチーフは見えない守護者である。それがこの画家の実感だったのである。》

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「心」と「情(こころ)」(若松英輔) [若松英輔]

《あまりに心を頼みにし、情というもう一つの「こころ」を見過ごしている》《問題は心を働かせていないことにあるのではなく、あまりに心を頼みにし、情というもう一つの「こころ」を見過ごしているところにあるのではないだろうか。》《「情(こころ)」は、どこまでも深まろうとする。探しているものは、どこか遠くにではなく、今いる場所を少し掘ったところにある。》

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I さんからNさんへの手紙 [若松英輔]

親しい人に速達で届いたある方からの手紙を紹介したい。昨日預かった。一読ここに書き留めておきたいと思った。お二人から諒解は得ているのではないが赦していただけると思う。

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拝啓
 私が庄野潤三の本を読むようになったのは、昭和五十一年朝日新聞の広告で、庄野潤三作『鍛冶屋(かじや)の馬』という書名に惹かれて、これを入手して読んだのです。
 話の順序がわるくなりますが、庄野潤三は、大阪の住吉(すみよし)中学で伊東静雄に国語を教わりました。伊東静雄は、大阪で無名の詩人でしたが、東京では名の知れた詩人でした。やがて、庄野が作家を志したとき、伊東静雄は、平明なことばで深い考えを表現するのは、すぐれた文学であるとさとしたのです。右の「鍛冶屋の馬」は、私は今まで五回読み返しました。本当にすぐれた文学書は、何度読み返してもあきません。
 この小説は、幼稚園へ行く前の五歳くらいの子供がいる店子(たなこ)の親子の交流を主題にしています。この借家には六世帯の家族が暮らしています。そしてこのうち「和子」はこの小説の主人公です。つまりこれは庄野の長女です。和子はあるとき蛇(へび)の話をします。その一節を援用しましょう。

  だから和子、蛇は神様というから殺さない方がいいわ。それに大家さんは
  農家の人だから、蛇を殺さない。蛇はおとなしくて、決して人に向かわな
  い。もし蛇がこわければ、たか子ちゃんのようにたばこのすいがらをまい
  ておけばいいのよ。  

 これを読むと、和子は、蛇を慈しんでいることがわかります。つまり作者は、蛇を慈しんでいると読者は考えます。私の知るかぎり、このような 慈愛というよりも「慈悲」を考えるのは、実に貴とい考え方であると思って、深い感銘を受けたのです。私は「愛」などより「慈悲」を貴く思うように成りました。
 伊東静雄は、平明な言葉で深い考えを表現することが大切なのだと、若き庄野潤三にさとしたのです。

 そして伊藤は、一篇の詩を書きあげたとき、二じょうの書斎で、庄野にこれを朗読しました。この二じょうの書斎は、ことばの本質的な意味で「あわれ」です。

 後年庄野は、仏壇は買わずに、ピアノの上に両親の写真や人からいただいた菓子や果物をそなえて暮らしました。
 『鍛冶屋の馬』をつい昨日読み返して、蛇に対する作者の考えはどんなにほめたたえてもほめすぎではないと、しみじみ思いました。

 あなたはお手紙で「文学がわからない」とおっしゃっています。
 それに対してわたしに言えることは、努めて名作に親しんで、心を豊かにしていただきたいと思っています。俳句は近ごろは詠(よ)まないのでしょうか。それができたときは、ご披露下さい。
 今日はこれでペンを措きます。

不一

     七月十四日

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書き写しつつ、意識が頭から胸のあたりにすーっと降りてきたような気がする。

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