「人は法によってのみ再び平等となる」(モンテスキュー) [メモ]
辻原登「陥穽」(240)
「商法の愚案―新しい世界を目指して―」には、海援隊の商社活動について、三項目にわたって詳細かつ明快に記されていた。そして、海援隊商事部門は商法に明るい者に委ねるべきである、つまり筆者が担当すると宣言して締めくくり、「陸奥源二郎宗光」と署名していた。陸奥宗光の名の初出である。
小二郎はこれを龍馬に提出した。龍馬は一読後、「商法ノ事ハ陸奥に任シ在之候得バ」(十月二十二日付)と書き送った。
しかし、小二郎は、「愚案」と併行して、「船中八策」と密接に関係する論文を起草していた。
彼はその文を次のように始めている。
人は日々に旧(ふる)く、物は日々新(あら)たなり。万物は流転す。之(これ)即ち天理に基づく自然の理であり、人間(じんかん)に於てもまた然り。高貴必ずしも才徳あるを生じず、卑賤の門に知才の生ずを見る。
四海同胞、平等也。天下国家においては、唯人民の心(Public Opinion)の向かう処に帰すべし。唯至尊(天皇)ノ為ニ帰スベキニアラズ。
(……)茲(ここ)において、長きに亘(わた)る諸藩の主従の関係を一新(Revolution)し、新たに各々対等の「盟約」を結ぶべし。「盟約」の下に人民徳望の帰する者を選び、議会を設け、法を定むべし。
泰西の賢人、謂(い)へらく。――自然状態におきて人自ずから平等なものとして生まれども、人、自然に止まることを得ず、必ず社会(Society)を成す。社会必らず平等を失わしめる。そして、人は法によってのみ再び平等となる、と。
小二郎はこの論考に「藩論―もう一つの愚案」と付して、無署名のまま龍馬の机下に置いた。
「もう一つの愚案」は、藩権を温存したままの改革路線「船中八策」を越えて、先に進もうとする。――唯至尊(天皇)ノ為ニ帰スベキニアラズ。清らかな尊王主義者である龍馬は、弟子の文章にどのように反応しただろうか。
四条通り室町上ル西側の旅宿沢屋に投宿中の小二郎に、十一月七日付の龍馬の手紙が届いた。
世界の咄(はな)しも相成可申(あいなりもうすべき)か(君と世界について話したいものだ)、(……)此頃おもしろき御咄しも、おかしき御咄しも、実に実に山々ニて候。
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