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mespesadoさん講義(146)「交付国債」! [mespesado理論]

《交付国債は、政府の負債 ではなく、政府の「資本」である。》桜内文城 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75664?imp=0)←mespesadoさん講義(98)国債は「借金」でなくて「資本」https://oshosina2.blog.ss-blog.jp/2020-07-24-1/永久劣後ローン!https://oshosina2.blog.ss-blog.jp/2020-07-16-1

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906:mespesado :2020/09/23 (Wed) 08:59:38
 今日の三橋さんのエントリーは大変興味深い↓
最強のツール「バランスシート(貸借対照表)」
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12626860641.html
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1.国民経済において、最も重要なのは「需要を満たす供給能力」である。
2.国民経済において、お金は使っても消えない。誰かの支出は、誰かの所得である。
3.国民経済において、誰かの金融資産は必ず誰かの金融負債である。
4.国民経済において、誰かの黒字は必ず誰かの赤字である。
5.現代世界において、国家が発行する貨幣の裏づけは「供給能力」である。
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 いや、まさに、この5原則を国民の1割が理解してくれれば世の中が劇的に変わるだろうに…。で、三橋さんによれば、2~4が理解できるか否かが肝であり、「貸借対照表」を知っていると自然に理解できる、とのこと。
 確かに「国債」を「国民の赤字だ」と大半の人が思い込んでるのって、多分、多くの人は、国債証券に「借金」と書いてあるようなイメージを持っていて、国民が国債を買うと、国債証券が手に入るので、これは「借金」が手に入った、みたいなイメージになり、それが「国民が借金を背負わされている」という錯覚に繋がるんでしょうね。それと、これは三橋さんが触れていないところだけど、「借金」というと、普通の人は個人間での借金をまずイメージしますが、AさんがBさんに借金すると、Aさんは借金を背負うからAさんは負債を追いますが、一方のオカネを貸した方のBさんも、貸した時点で自分の持ち金はAさんに渡るので、Bさんの持ち金そのものは(あくまで一時的だけど)減ります。しかも個人間の借金なので、相手の信用度によっては返って来ないかもしれない。そういうわけで、「借金」は、した方もされた方もどっちも「大変だ」というイメージがある。これも「国の借金は大変だ~」というイメージに繋がってるんでしょう。
 この錯覚を解消する知恵が求められますね。

907:堺のおっさん:2020/09/23 (Wed) 10:08:40
>>906
高橋洋一さんが政府の貸借対照表と言う概念をもって国有財産(政府の資産)を考えればまだ300兆円ほどの余裕があると。これは国家の貸借対照表の概念ではなく、あくまでも国家を構成する一部門である政府のそれである。同じ誤解が国民にも浸透しており、国家の一部門である政府の借金は国民の資産ではなく国民の借金であるとの真逆の思想が蔓延した。と言うことは、国民経済と言うものをトータルに捉える国家経済の概念が欠落しているのと同義です。その点、中国は政府(中共)=中国国家という国家運営をしているため皮肉にも人類史上かつてなかった国家的生産力の発展を実現しいくら批判されようと揺らぎもしないという現実があります。
おそらく、民主主義国家の国家運営を横目にこいつらア〇じゃね、くらいにしか思ってないはずですね。事実、ア〇なんですが。

908:mespesado :2020/09/23 (Wed) 12:01:57
財務省が「菅総理誕生」で企てる「コロナ増税」がまったく必要ない理由
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/75664?imp=0

超々優良記事。筆者の桜内さんという人は知らなかったが、ここで取り上げられている「交付国債」というのは、恥ずかしながら知りませんでした。

> だが、ハッキリ言おう。コロナ後の「コロナ増税」は不要である。「交
> 付国債」という、「コロナ増税」という形で将来世代に負担を先送りす
> ることのない特殊な国庫債券を用いて、数十兆円規模の真水の財政支出
> を行うことができるからだ。

> 交付国債はもともと第二次世界大戦の戦没者遺族や引揚者に対する補償
> のため、設けられたものだ。昭和27年に制定された「戦傷病者戦没者遺
> 族等援護法」に基づいて発行された「遺族国庫債券」にはじまり、平成
> 30年度末までに45種類の交付国債が発行されている。

> 交付国債を特徴づける最も重要なポイントは、最終的に日銀が資産とし
> て交付国債の全量を保有する仕組みになっていることだ。【中略】要す
> るに「交付国債は間違っても『国の借金』ではない」

 なるごど。これなら「国の借金ガー」のレトリックが使えなくなりますね。
 そして、筆者は締めで三橋さんと同じことを言っている↓

> 自民党総裁選のさなか、菅義偉新首相は「将来的な消費税増税」に言及
> し、その火消しに追われた。何故かくも政治家も財務官僚も、消費税増
> 税の前に交付国債のことを考えることができないのか。

> それは、明治以来、我が国の財政制度では、単式簿記で目に見えやすい
> 現金の収入と支出だけを見ているからである。交付国債は、政府の負債
> ではなく、政府の「資本」である。そして「資本」とは、複式簿記の
「資本=資産-負債」という会計恒等式によってのみ認識されるものだ。

 いやぁ、こんな堂々たる正論、久々に拝むことができましたよ。それと、「交付国債」という(恐らく大抵の人にとっては)新しい術語。これって大衆の目を引き付けるにはとてもいい方法ですね。MMTのときもそうでしたが、ただ、MMTはJGPみたいに(労働観の異なる日本では特に)議論を呼ぶ「政策論」までオマケで付いてきたり、米ドルのように、「供給力」ではなく「基軸通貨性」によって価値が保証された通貨を念頭に置いているため、まさにその「供給力」こそが売りである日本円の仕組みを解説する理論としてはイマイチ迫力に欠けるところがありましたが、「交付国債」はまさにこの日本で、しかも現実に過去に何度も発行されているのですから、その威力はMMTより強力だと思います。これからは、この「交付国債」で話を切り出すのも作戦として有効かもしれないですね。

909:mespesado :2020/09/23 (Wed) 19:45:24
>>908

 そもそも、なぜ「国債」が国の「借金」と呼ばれるのか。それは、国家財政の「単式簿記」において、歳出項目が国家予算の100兆円なのに対し、歳入項目が税収60兆円、足りない40兆円を国債で賄う、という図式になっているのですが、この「国債で賄う」とはどういうことか、とよく考えてみると、一旦国債という「紙切れ」を40兆円で販売し、得られた40兆円のオカネが国債の販売による歳入として国に入って来るからであり、あくまでも、この40兆円は「国債」そのものではなく、その販売代金に過ぎません。だから、歳入歳出を記録した「単式簿記」には「国債」そのもの(の評価額)は全く出て来ないわけです。ただ、その販売代金である40兆円は、いずれ販売した国債が償還を迎えたとき、「返さなければならない」から、その国際販売で得た40兆円を「借金」だ、と呼ぶわけです。確かに国債そのものは借用書に過ぎないんですから、国債そのものが借金なわけではないですよね。この事実をよく心にとどめたうえで、それでは「交付国債」とは何か。これについては、財務省による説明のページがあります↓

交付国債
https://www.mof.go.jp/jgbs/publication/debt_management_report/2019/saimu2019-2-8.pdf
> 交付国債とは、国が金銭の給付に代えて交付するために発行する債券で、
> 債券の発行による発行収入金が発生しないものの総称です。

 つまり、国の財政支出において、オカネ(日本銀行券や預金通貨)ではなく、「国債」そのものを支給する、というのが「交付国債」です。
 すると、上で説明したように、「国債そのものは借金でも何でもない」ので、これは国の「オカネ」の歳入歳出を取りまとめた「単式簿記」には一切反映しません。だから、通常の国債みたいに「国債の販売で得られたオカネ」ではなく、「国債そのもの」を支給するだけですから、オカネが登場せず、国債そのものではなく、(国債を販売して得られたオカネのことを借金というのですから)確かに「交付国債の発行では借金は発生しない」わけです。
 つまり、通常の国債ではなく、交付国債で財政出動することにより、単式簿記しか知らない人に対しても、財政出動しても「国の借金が増えるわけではない」ことを理解させることができる、ということをこの記事は言いたいわけですね。

915:mespesado :2020/09/24 (Thu) 18:32:38
>>907
 歴史的に隣国との間で何かにつけ争いごとが絶えず、自分たちを守るために「国家」を意識してきた西欧と違って、日本では自分達を外敵から守るための国家という意識が存在していなかったのは大きいですね。日本は明治維新で無理やり外患から防衛するために「日本国」という概念を急ごしらえで作り、その国家意識の醸成のための象徴的な存在として「天皇」という存在を利用した。これらはにわか仕込みの「国家意識」だったから、「日本政府」と「日本国民全体」の違いということに鈍感で、だからこそ「国の借金」と聞いたら「国民国民の借金」と同一視するのも仕方ないのかもしれません。

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