「覇権構造の転換」は既定の流れ [現状把握]
《米国側と非米側の対決が非米側の勝ちになるのかどうか、それも分析していかねばならないが、長くなるのでそれは改めて書くことにする。》
特任編集委員 滝田 洋一
グローバル化の旗手が、グローバリズムの「終止符」に言及した。米資産運用会社、ブラックロックのラリー・フィンク最高経営責任者(CEO)である。ロシアのウクライナ侵攻を受けた2022年2月26日は分岐点となった。
この日、欧米6カ国と欧州連合(EU)はロシアを国際金融の世界から排除することに合意した。ロシアの銀行を国際送金網から締め出し、ロシアが保有する外貨準備の凍結に踏み切ったのである。
米国側はワリー・アディエモ財務次官、ダリープ・シン大統領副補佐官(国家安全保障担当)。欧州側はイェルク・クキース独財務次官。3氏が強硬策を立案、推進した。
金融の表裏に精通した面々とあって制裁は急所を突いた。外貨準備の半分にあたる約35兆円が凍結されたロシア政府は、外貨建て国債の元利払いに四苦八苦する。
ドルを兵器として用いるのは、いわば金融戦争である。安全性が高く流動性に富む。そんなドルの役割は、外貨準備の凍結を機に大きく変質した、と金融関係者はみる。
「ブレトンウッズ3」。クレディ・スイスの金利戦略責任者、ゾルタン・ポズサー氏は新しい世界をそう呼ぶ。
金と交換可能なドルを軸にした第2次大戦後の国際通貨の仕組みが「ブレトンウッズ体制」。1971年のニクソン・ショックでドルは金との交換を停止した。金という制約から解き放たれた米国は経済運営の自由度を高めた。
米国は経常収支の赤字が続くが、ドルは基軸通貨なので、海外勢による米国債の購入という形で、資金は自動的に還流してくる。これが「ブレトンウッズ2」の要である。
冷戦終結後、米国主導の世界では供給力が増しインフレが抑えられた一方、ドルの供給の天井がなくなった。そのために、モノに対するマネーの比重が著しく高まった。世界のどこかしこでバブルの膨張と破裂が繰り返された。
08年のリーマン・ショックでその仕組みの底が抜けかけた。土俵際で米連邦準備理事会(FRB)が米国債などの資産を買い支え、世界は成長軌道に戻ろうとしていた。
ところが20年にはコロナショックが世界を襲う。米国などはリーマン後の対策をより大規模に実施し、今度も危機を乗り切ろうとした。大不況は防げた。でも何かが違う。冷戦後の世界が抑え込んだはずのインフレが復活したのである。そこへロシアによるウクライナ侵攻である。
資源や食料など国際商品にはロシアからの供給途絶のリスクが加わる。ロシアは世界の原油生産の12%を占めシェア3位。天然ガスの17%で2位、小麦は18%で2位だ。
仮にロシア産エネルギーの供給が途絶したら、ロシアへの依存度の高い欧州は、22年の実質成長率が前年比0.2%減とマイナス成長に。米国と日本の成長率も1%台となる。一方のロシアは25%のマイナス成長と壊滅的である。みずほリサーチ&テクノロジーズはそう試算する。
対ロ制裁は肉を切らせて骨を断つ策にほかならない。代償として、ロシア産の商品の供給が減る。その分、ロシア以外の国々が産出する商品にプレミアム(割増価値)がつく。ドルへの信認が低下する分も、商品価格のプレミアムに加算される。
その結果、資源の輸入国から輸出国に巨額の所得移転が起きる。トルコやインドなど非資源国ではインフレと資本流出の圧力が高まり、政情不安を招きかねない。
見逃せないのは覇権をめぐり対立する米中の立ち位置だ。米国はエネルギーや食料の純輸出国である。ウクライナでの戦争前の21年10~12月期の時点で日本が9.4兆円の交易損失を被っていたのに対し、米国は0.6兆円の交易利得を得ていた。日欧に比べ米国は商品の役割が増す世界に対処していく力を持つ。
中国は資源輸入国だが、エネルギー自給率が約8割で、穀物自給率は9割超。価格統制や備蓄で国民生活への影響をある程度抑えられる。しかも輸出先を失ったロシアから資源や食料を割安に購入し、世界的な商品価格の上昇から自らを守ることが可能だ。
中国は新興国に人民元の使用を促し、基軸通貨化を狙う。一方、米国は専制への反対を旗印に、同盟国と組んで技術や金融を主戦場に中国への対抗姿勢を強めている。
ドルに対し商品には供給制約という天井があるので、「ブレトンウッズ3」は低成長とインフレの時代の予感がする。投資や需要の冷え込みも予想されるが、例外はある。
ひとつはEUが提案する「ウクライナ連帯基金」。足元では生活必需品を支援し、停戦後はインフラの復興投資に充てる。後者は大規模な有効需要につながるだろう。
もうひとつは西欧諸国の国防費の拡大だ。ドイツが国防費を国内総生産(GDP)比で2%に引き上げるのはその典型。まとまった規模の防衛関連投資は新たな技術革新を誘発する可能性もある。
中国やロシアへの関与を深め市場化や民主化を促す。そんな路線は破綻した。経済も金融も新たな「鉄のカーテン」を前提に動くことになる。
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◆中国当局も注目する「ポズサー・レポート」衝撃中身
中国が欧米社会と足並みをそろえて対ロシア制裁に踏み切るのか、あるいはロシアサイドに回って全面的に支援に回るのか――。
これは中国共産党内でも激しい意見の対立があるようで、その選択によっては下半期に予定されている第20回党大会で確実視されていた習近平連任の可能性にも影がさすかもしれない。
だが、中国が、いずれの立場をとるにしても、この対ロ制裁によってドルのグローバル金融における相対的地位の転落する――そんな予測をして話題になっている「ポズサー・レポート」に、いま中国当局者も注目しているという。
「有事のドル買い」の流れで、今ドルが避難通貨として買われて高騰している状況で、そうした主張は、果たして、どれほどの説得力があるのだろうか。
◆習近平はどう動くのか
クレディスイスの短期金利ストラテジスト、ゾルタン・ポズサーが3月7日に公表したリポートで、今回のウクライナ戦争を機に新しい通貨秩序につながる動きがあり、最終的に現在のドル基軸の金融システムが弱体化し、欧米のインフレ率上昇を招くとの分析が出された。
このリポートによれば、「1971年にニクソンがドルとゴールドを切り離し、コモディティを基礎とした通貨システムを解体して(ニクソン・ショック)以降、経験したこともないような危機に我々は面している」という。
◆ドルは明らかに「弱体化」する
同レポートでは、
「目下の危機が収束しても、ドルは明らかに弱体化するであろう。
ゴールドを基礎にしたブレトンウッズ体制は内部通貨(インサイド・マネー=押収可能な米国国債など)を基礎にしたブレトンウッズ2に移行し、さらに外部通貨(アウトサイドマネー、ゴールドとその他コモディティ)を基礎にしたブレトンウッズ3に移行していくだろう。
危機が過ぎた後も、グローバル金融システムは依然とかなり違う形になるだろう」
というのだ。
さらに、
「今まさにコモディティ危機が醸成されている可能性がある。コモディティは抵当になり、抵当がすなわち通貨の役割をする。
この危機はまさに外部通貨が内部通貨よりも魅力を増し続けることによる誘発される危機だ。ブレトンウッズ2は内部通貨の基礎の上にあるが、G7がロシアの外貨準備を凍結した時、その基礎はすでに崩壊しているのだ」
と指摘している。
リスクフリーと思われていた外貨準備の信用リスクが一瞬で崩壊したというわけだ。
1997、1998、2008、2020年の「金融危機」と比べて
ポズサーは1997年、1998年、2008年、2020年の金融危機を比較し、その類似点からから、次のように結論も導きだしている。
「ロシアのコモディティはサブプライム担保のようなもので、非ロシアの同様のコモディティはむしろプライム担保となる…もし、額面価格、金利、為替レート、物価水準の四種の資金価格の表示とリンクするようになれば、次のような状況が懸念される」
(1)額面価格:2008年のマネーマーケットファンドの額面価格を下回り、資金市場はサブプライム・モーゲージへの懸念から金融市場を凍結したような事態。
(2)金利:2020年の金利問題により与信限度額が減少し、資金は優良担保から中抜きされ、債券の相対価値取引の暴落につながったような事態。
(3)為替:1997年の為替レート問題による抵当(外貨準備)の不足、米ドル資金のアジアにおける突然の断流のような事態。
(4)物価:まさに今起きている……。
ポズサーは、さらに、コモディティ取引価格のスプレッドがこれまでずっと極めて小さかったのに、ここにきて、平価取引されなくなったことを補足している。
◆「2008年の米国国債」みたいなものだ、と
ロシアのコモディティ価格は大暴落し、同様の非ロシアコモディティ価格が高騰している。
これは、目下および今後の潜在的な対ロ制裁および制限措置による供給ショックから起きている。ポズサーはこれを「売り手のストライキ」ではなく、「買い手のストライキ」と呼んだ。
今日のロシアコモディティは2008年のサブプライム債務担保証明(CDO)のようなものであり、非ロシアコモディティは2008年の米国国債みたいなものだ、という。
一方が価格が暴落すれば、一方が高騰する。市場取引者がどの一方にあったとしても、追加保証金が必要となる。
コモディティベースのスプレッド(利鞘)がまさに拡大しているのだ、という。
ポズサーによれば、西側の中央銀行はコモディティベースのスプレッドの拡大を縮小できない、という。なぜなら、制裁実施を推進しているのがまさに各自の主権国家だからだ。
◆鍵となるのは「中国」だ
彼らはコモディティベーススプレッドがもたらすインフレに対応せざるを得ず、利上げによってインフレを抑えようと試みるも、外部の金利差や資産のバランスチャートのチャネルを通じてロシア-非ロシアのスプレッドを縮小させることはできない。
コモディティ貿易商もこの一点についてはなにもできない。
ここで鍵となるのは、中国だ。
たとえば1.1兆ドルにおよぶ米国債を売って、ロシアのサブプライム・コモディティを買う。あるいは、独自の量的緩和で人民元の発行量を増やし、ロシアのサブプライム・コモディティを買うか。どちらにしても、欧米での金利上昇とインフレ率の上昇を意味する。
モルガン・スタンレーの外為新興市場グローバル主管のジェームズ・ロードが出したリポートにも、同様の指摘がある。
「米国とその同盟国がロシア中央銀行の外貨準備を凍結する意向を示して以来、市場実務家はすぐに、ドルベースの国際金融システムからの離脱が加速される、という見方を示している」「その他中央銀行が自分たちの外貨準備が、思っていたほど安全でないということに気づき、ドルの準備金を多元的に分散投資し始めたのだ」
米国当局がほしいままに外国の中央銀行の流動性、安全性、可動利用性を備えるべき貯蓄や証券を凍結するということは、疑いなくグローバルな外貨準備管理機構、ソブリン・ウェルス・ファンド、さらには個人投資家を不安にさせた。
その中の最大のテーマは、自分たちの外貨資産も、凍結されうるのか?ということだ。
◆「最も安全な資産」とはなにか…?
これが、米国の単独行動ではないということも重要だ。
欧州、カナダ、英国、日本もこのロシア中央銀行の備蓄資産凍結に参加した。ということは、「いかなる外国当局も自分たちの通貨資産を凍結することができるのか?」という疑問がでてくる。
もし、できる、というなら、それは中央銀行の外貨備蓄全体を支えていたリスクフリー資産の概念が崩壊する、ということだ。すべての外国当局が別の国の主権資産を凍結するリスクが、かりに存在するとしたら、どのような影響がおきるのか?
ロードは三つにまとめている。
(1)『最も安全な資産』を求める。備蓄管理機構とソブリン・ウエルス・ファンドはどこに最安全資産を求めるか。伝統的な意味での安全資産ではない。その概念はすでに崩壊している。
(2)政治連盟が鍵となる。これら制裁は、異なる国家間の国際関係が備蓄資産の安全性に重要な影響力を発揮するということである。米ドルが米国の盟友にとって安全な資産であっても、そのライバルにとってはそうではない。ドルの国際金融システムの主導的地位が深刻な脅威を受けると思えば、そのシステムに潜む潜在的な挑戦者は、その他の大型経済体と戦略的連盟を樹立する必要がある。
(3)外為資産のオンショア化。最近の制裁ではっきりしたことは、外国政府が管轄する外国の銀行口座の外為資産は本国にもつ外為貯金と大きな違いがある。両者ともに現金とみなされるが、そのアクセシビリティや安全性は同じではない。このことから、外貨備蓄管理機構は次々と外為資産を国内に移管している。
◆中国の「爆買い」が始まった
ロードによれば、『もっとも安全な資産』はゴールドなどの実物を購入し、本国の管轄範囲内に安全に備蓄することだという。それが現実的かどうかはともかく。このことから、ロードは、「外貨備蓄はおそらくさらに多元化する」という。
「我々は長期的に、外貨備蓄が多元化すると固く信じてきた。2030年、人民元はグローバルな外貨備蓄総額において5-10%を占めるようになるだろう。その他の通貨のシェアは下がる」と予測し、今回の一連の対ロ制裁によって人民元の国際通貨としての地位が上がると見ている。
こうした外資金融のアナリストたちの論に影響された面もあるのだろう、今、中国がひそやかに進めているのが、大量のコモディティ買いである。中国も3.2兆ドルの外貨備蓄がある。これを急速に現物に変えていっている、という。石油、天然ガス、鉄鉱石、小麦、大麦、トウモロコシ、そしてゴールドだ。
穀物に関してはかねてから買い占めが指摘されていた。2021年、中国が米国から輸入した農産物は340億ドルに上る。この中国の買い占めで大豆価格が50%上昇した。
戦争と制裁によって、ロシアとウクライナの穀物輸出が停止したため、穀物価格はさらに高騰した。思えば、やはり戦時が来ると予想していたのかもしれない。
昨年11月の段階で、すでに世界の穀物の半分以上を中国が買い占めていたと報じられている。これは一年半分の小麦需要を支える量であったという。
◆これから起きること
中国は、さらに食肉加工企業や乳製品企業など海外の食料企業も買収。さらにゴールドの備蓄も増やしている、と言われている。
アナリストたちの推計は1万トンから3万トンに上ると言われ、それは米国の8133トンの金備蓄をはるかに上回る。
この戦争によってロシアのプーチン政権は破滅しているかもしれない。あるいは、プーチンと仲良しの習近平も三期目継続の野望に挫折するかもしれない。
だが、長期的にみれば世界最大級のコモディティ生産国のロシアも、そのロシアコモディティを人民元で買い付ける中国も、通貨戦争の風上に立つ可能性はあるのかもしれない。
ボズサーレポートに言及の福島香織氏「中国・習近平、じつは「金、石油、穀物」をひっそり「爆買い」している危ない事情 最強通貨「ドル」は大ピンチへ…!」(現代ビジネス)を追記しました。
《長期的にみれば世界最大級のコモディティ生産国のロシアも、そのロシアコモディティを人民元で買い付ける中国も、通貨戦争の風上に立つ可能性はあるのかもしれない。》
by めい (2022-04-23 05:58)