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岡義武『山県有朋―明治日本の象徴』 [本]

晩年の山縣有朋.jpg岡義武『山県有朋―明治日本の象徴』(岩波新書 1958)を読んだ。以下の発言による。

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82飯山一郎 :2017/04/20 (Thu) 23:57:12
>>80
【政治学・各論】(>>72 >>78 の続き)
「安倍晋三という政治家」は,politician であり statesman でもあります.
安倍晋三は…,歴代総理中,最強の総理=政治家です.
安倍晋三は…,国会を制覇し,主要省庁を支配下に置き(従来の総理は官僚に支配されていた),
米国戦争屋を官邸(=総理官邸)から追放しました.
これほど強力な総理は,戦後の歴代首相の中では,安倍晋三だけです.
戦前の総理大臣で,安倍晋三に匹敵する強力な総理大臣=政治家(politician)は…
山県有朋ぐらいでしょう.

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9亀さん:2019/11/24 (Sun) 05:18:02
・・・・・
安倍首相がついに「一旦総理を退任→再登板」を構想し始めた可能性
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68627?page=1

そして、最後のページには以下のようなことが書いてあった。
__________
ここで筆者は、その桂太郎のボスであった第3代内閣総理大臣の山県有朋と安倍首相の「関係」に想いが及ぶ。なぜか。安倍首相は2014年12月27日午後、東京・虎ノ門のホテルオークラの「山里」でJR東海の葛西敬之名誉会長と会食した。その席で安倍首相は葛西氏に正月休みに読むべき本を推薦してもらった。岡義武の『山県有朋―明治日本の象徴』(岩波新書。1958年刊行)である。安倍首相は読破したという。

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山県有朋についての認識を新たにした。飯山師の安倍首相評価に重なる。

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78飯山一郎 :2017/04/20 (Thu) 19:09:07
・・・・・
現在の安倍総理は…
インテリジェンス要員だけでも…
諜報,防諜,シギント,ヒューミント,オシント,公安情報等々,2000人近い専門家官僚を抱えている.
こういった情報機関が収集,分析,要約した情報をもとに…
総理大臣は,「日本が置かれた今」を深く認識し,判断し,決断するための知的営為を不断に行っている.
そうした上で,総理大臣は「国家経営のプロ」でなければならない.
「国家経営」に関しては,安倍晋三は,プロ中のプロです.
会社経営もロクにできないネット知識人とは,レベルが違うのです.人間が違う.
であるからして,総理大臣の考え方,思考方法は…,我々とはレベルが違う.
けれども,あえて今,簡単に言ってしまうと…,それはマキャベリズムです.
安倍晋三の場合は,マキャベリズム,プラス,ナチズムです.
ナチズムといっても,それは我々が考えるヒトラーのナチズムではない「国家社会主義」の一種です.
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われわれの身に染み付く「戦後民主主義」的感覚では、山県有朋は「民意」に逆らう悪の権化である。しかしこの著は、それとは違う視点から、山県有朋という政治家を浮かび上がらせ、納得させてくれた。
そもそも《彼は、政府が与党をもち専らその支持に頼ることは、政府の基礎を議会に置くことを意味し、政党内閣制の糸口をひらくものと考え、政党内閣は天皇統治というわが国体の建前と相容れないとなしたのである。彼が終生変ることなく抱いたこの信念は、いうまでもなく「民意」に対する彼の不信感と表裏をなすものである。》(53p)あるいは《民衆は、彼にとっては支配の単なる客体にすぎず、従って、彼の権力意志は支配機構を掌握することへと集中されたのである。彼は終始民衆から遊離したところの存在であった。彼から見捨てられた民衆は、それ故、また彼を見捨てていた。》(194p)山県の葬儀は、国葬にもかかわらず、民衆の多くは無関心だったという。しかしそれを以ての山県評価はまちがっていることに気づかねばならない。山縣有朋は、政党内閣は天皇統治というわが国体の建前と相容れない》の信念で国家の大計を念じ、政治の一番奥深いところから国の行く末をコントロールしつづけた政治家であった。それが何故悪いのか。「民主主義」が絶対でないことは、地方議会から国会まで、投票率の低迷から議会における議論の内容まで「議会制民主主義」のなんたるかを問わざるを得なくなっている現状をみれば明らかである。山県有朋は「議会政治」の限界を見据え、政治の「結果」を何より重視しつつ権力の座に身を置いた。権力欲のゆえではない。ひとえに「国の為」である。その根底には、若年より槍術で鍛え上げた自己への自信と気概があった。後年、時には対立しつつも理解者であった原敬が語った言葉がある。《「日米戦争は山県公さへ生きて居れば、起らないよ。山県公は外国に対しては腰の弱い人である。外国に対しては非常に懸念深い人である。この点は見様に依っては、公の長処とも云はれれば、又短処とも云へる。いくら陸軍の若手が躁(さわ)いでも、山県公の存命中は大丈夫だよ。」》(172p)大局を見据える眼を持っていたがゆえに、軽挙妄動への抑えともなるはずだった。
《大正三年に彼はその常住する小田原の古稀庵の一隅に明治天皇を祀った槙が岡神社という小祠を営み、「けふよりは老のつとめとすめらぎの神に朝夕つかへまつらむ」の一首を詠んだ。そして、爾来山県は重病の折を除いては早朝袴をつけ斎戒して、この祠に参拝することを日課とし、毎年天皇の命日である七月三〇日には靖国神社の宮司を招いて、陸軍の正装をつけて祭事を行うのを例とした。》(120p)今風のパフォーマンスではない山県の真情を見る。安倍首相が山県有朋に連なる政治家であることを頼もしく思えた。

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