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日本人法学者の正論発言に熱烈賛辞 [現状把握]

日本人法学者が、ウクライナ戦争をめぐる法学者の国際会議で、《ドイツ法学の”権威中の権威”と紹介された二人の学者》に対して正論を主張、《このやりとりの後のコーヒータイムには、特にASEAN諸国の学者たちに囲まれ、熱烈な賛辞をもらいました。その中にはアメリカの学者もおりました。これまで色々な国際会議に出席してまいりましたが、こんなことは初めてです。》東京外語大伊勢崎賢治教授の報告です。この時代、持ち場持ち場でのがんばりを思います。(http://www.asyura2.com/22/warb24/msg/223.html

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■「ウクライナ戦争が及ぼす国際秩序の変化」をテーマにした国際会議で、東京外国語大学・伊勢崎賢治教授が、意義のある重要な発言をされました! その内容について、伊勢崎教授自らご寄稿いただきました! 非会員の方々にも、全文フルオープンで公開します! ぜひ、皆さん、拡散していただき、多くの方々にお読みいただきたいと思います!

 以下、伊勢崎賢治教授のご寄稿です。

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 ウクライナ戦争の長期化に伴って、いわゆるチャッタム・ハウス・ルール(※注)が敷かれた会議に招かれる機会が多くなりました。この戦争が直撃している、いわゆるグローバル・コモンズ、地球的課題に関するものです。

※チャタム・ハウス・ルールとは、会議に参加する人は誰でもディスカッションの情報を自由に使用できるが、特定のコメントをした人を明らかにすることはせず、議論の開放性を高めるようにかつ物議を醸すトピックに関する討論と討論パネルを開催するためのシステム。

 その一つに北極圏問題があります。地球温暖化の影響を一番受けているのが北極圏です。あと10年もすると、北極の氷という自然の壁がなくなり、今までのように原子力潜水艦だけでなく、他の兵器も投入できる状況が心配されています。

 地球儀を上から見れば分かる通り、北極圏で最大の沿岸を占めるのはロシアです。同時に、中国経済にとって「北航路」は、マラッカ海峡を通る「南航路」に代わり、米国からまったく干渉を受けないロシア沿岸を通り、行程を3分の2に短縮させるのです。ロシアの永久凍土の下に眠っていた資源の共同開発を含め、中国は北極圏への介入を一帯一路構想と同時に進行させてきたのです。

 北極圏には、ロシア、アメリカ、カナダ、そして北欧のグリーンランド(デンマーク)、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの北極圏8カ国が参加する、沿岸国の権益を調整する「北極評議会」があります。軍事、水域、資源を巡る沿岸国の衝突は、氷が溶けるにつれ加速するでしょうが、北極の“国連”として安定と平和を実現する唯一の国際機関として、その役割を期待されています。

 しかし、ウクライナ戦争が勃発してから、ロシアを排除することによって、これが機能不全に陥っているのです。まず、ロシアから専門家を招いての国際会議さえできません。あの平和と対話の国、ノルウェーでもそうなのです。

 そういうわけで、先月10月は、High North Talksと銘打った北極圏と北極評議会の将来についての会議がジュネーブでありました。ロシア、そして中国からの専門家が一堂に会せる場所は、スイスしかなかったのです。

 そして、今月はバンコクでした。

 ドイツとタイの二つの有力大学の法学部が共同主催し、ドイツ外務省がスポンサーになった会議でした。テーマは「ウクライナ戦争が及ぼす国際秩序への影響と変化」。両大学の法学者を中心に、ASEAN各国の閣僚経験者、国際政治・安全保障学者が出席し、僕にとってはこのウクライナ戦争が、グローバル・コモンズの根幹とも言える「国際法」に及ぼした影響について、その一線の研究者と活発な議論ができた有意義な経験でした。

 フルに2日間、全員ホテルに閉じ籠った密な内容でしたが、第一の感想は、ウクライナ戦争の解釈をめぐる「南北対立」についてでした。

 中国の海洋進出に頭を痛めるASEAN諸国ではありますが、その多くがロシアへの経済制裁に欧米と歩調をあわせてはおりません。そのギャップを何とかしたいというドイツ政府側の政治的意図がうっすら感じ取れる始まりでしたが、最後にはその「対立」は一層明確に浮き彫りになりました。そのきっかけは、第一日目の後半にドイツ法学の”権威中の権威”と紹介された二人の学者に反論した僕の発言だったようです。

 この両法学者の主張を要約すると:

 ウクライナ戦争は国際法に対して”前例のない”決定的なダメージを及ぼした。それは、ロシアによる非力な国ウクライナに対する先制攻撃という、開戦法規jus ad bellum、国連憲章第7章第51条で保障されている自衛権という概念への破壊行為である。

 プーチンの言うウクライナ東部のロシア系住民へのジェノサイドはまったく根拠のないものであるから取り上げる必要はなく、これは単純にロシアによる自衛権の壊滅的解釈の問題である。

 今、対ロシアへの経済制裁の効率性が問題になっているが、ロシアの蛮行を止めるには、経済制裁をさらに尖鋭化させ継続することが必要である。経済制裁の法的正当性の問題は、ウクライナへの人道被害の憂慮が凌駕する。

 僕のコメントは:

 政治家ならいざ知らず、法学の徒として問題にするべきは、先制攻撃云々よりも、「集団的自衛権」である。これが、ソ連崩壊後のこの30年間でも”再度”悪用された。民族自決権や国連憲章11条の非自治区への保護の概念が搾取され、軍事侵攻の理由にされたのだ。ここに注視しない限り、同じことがこれからも繰り返されるし、国際法の瑕疵への法学的提案は不可能である。

 一方的とはいえ民族自決を建前にしている限り、今回のロシアの武力侵攻を、イスラエルがパレスチナ住民にしているような武力による単純な土地収奪Land grabbingととらえるのは間違いである。同じ侵略行為でも、戦端を切る法的な建て付けの問題を見ない限り、現行の国際法の根本的な瑕疵への学術的な議論にならない。

 ロシアによる先制攻撃を問題にするなら、大量破壊兵器の所在を偽装してまでイラクへの侵攻を正当化した2003年のアメリカの行いと相対化されるべきである。一般市民20万人を犠牲にしたイラク戦争との相対化を避ける法学的議論には、極めて明確な政治的恣意が感じられる。

 ロシア系住民へのジェノサイドはなかったと、この時点で言い切るのは反法学的発言である。

 今年3月16日にウクライナの訴訟を受けて国際司法裁判所が出した仮保全措置命令は、ロシアの一方的なジェノサイドの訴えは軍事侵攻の理由にはならないから即刻侵攻を停止せよと言うに止まり、ジェノサイドの有無は言及せず、その係争はジェノサイド条約を批准するウクライナ・ロシア両国が同裁判所に付託せよ、というものだった。ジェノサイドの判定は、その時の判事の責務であり、いくら法学の権威とは言え、今のあなた方にその権限はない。

 ジェノサイドの判定は過去の例をとっても非常に難しく時間がかかるものだ。一方で、同じ過去の例を見ても、”火のないところには煙はたたない”の例えのごとく、ジェノサイド判定に至らなくても大量殺人級の事件が起きた確率は非常に高い。国際人道法と国際刑事裁判所ローマ規程に至高の価値を置く法学者なら、ロシアを外交的に利するかもしれないという政治的思惑より、なぜ非力な被害住民の側の視点に立てないのか。ここにも学術的議論への政治的恣意の侵蝕が感じられる。

 その根拠として僕が経験した東ティモールの例がある。東西冷戦時代、インドネシアから独立しようとした東ティモールの独立派は、国際社会から”アカ”とレッテル貼りされ、西側の大量の軍事支援を受けていたインドネシアによる虐殺行為が、西側では一切報道されずに、完全に無視されていた。冷戦が終わると、掌返しで独立派は国際的な寵児となり、東ティモールは独立に至る。

 誰がその民族自決運動を支援しているかで、メディアと人権意識が成熟した西側社会全般の対応が著しく異なる”二重基準”を意識してほしい。ましてや、法学界がその二重基準に侵蝕されてはならない。

 言わずもがな、国際人道法とローマ規程は、それが侵略国側であっても被侵略国側であっても、帰属によって「被害住民」を差別・区別しない。繰り返すが、あなた達は政治家ではない。この普遍性を愚直に訴えるのが、法学の徒の使命ではないのか。

 あなた方の発言の端々に「プーチンが犯した戦争犯罪」が出てくるが、国際人道法とローマ規程に限らず、すべての法の原則である「推定無罪」をお忘れか。今大切なのは、戦争犯罪の起訴には多大な時間と労力を要するという現実を見据えて、中立な機関による犯罪の証拠の収集と保存に徹すること。

 言わずもがな、これ以上の犯罪事例の増加と、時間の経過による証拠の風化を防ぐために国際社会がしなければならないのは、ウクライナの徹底抗戦を支援する武器供与と経済制裁ではなく、早期停戦の仲介工作である。これは、少なくとも法学の徒の主張であるべきだ。

 国全体を対象にする経済制裁と要人を対象にする標的制裁(targeted sanctionもしくはsmart sanction)は明確に区別されるべきだ。過去、国際社会が行ってきた経済制裁(対イラン・北朝鮮など)では必ず人道的考慮と措置がなされてきた。それは、ジュネーブ諸条約等の国際人道法が「集団懲罰collective punishment」を厳禁するからだ。

 個人の特性に起因するものではなく、個人の「帰属」に起因する殺戮から人間を守ることが国際人道法の保護法益であることを訴え続けるのが法学の徒の使命ではないのか。標的制裁の更なる尖鋭化は望まれるが、人道的考慮・措置が不在の経済制裁は即刻停止するべきである。

 以上、怒りに任せた口調だったからか、この二人の法学の権威は二の句がつけず、僕が論破する形になってしまいました。これは僕のスタイルではなく忌諱するものなので、非常に反省しております。

 しかし、このやりとりの後のコーヒータイムには、特にASEAN諸国の学者たちに囲まれ、熱烈な賛辞をもらいました。その中にはアメリカの学者もおりました。これまで色々な国際会議に出席してまいりましたが、こんなことは初めてです。

 第二日目の僕自身の持ち時間のプレゼンでは、以下の点を、法学界への期待として訴えました。

 市民動員と国際人道法:国際人道法とは、侵略国と被侵略国の双方の戦闘員が同等の立場で、交戦の中で戦争犯罪を回避するルールを定めるものである。それが保護するのは第一に一般市民Civilianである。市民は武装しないからこそ市民として国際人道法の保護の対象となる。

 市民と戦闘員の混同を一国の指導者が世界、特に敵対国に向けて発信すれば、当然、それは無差別攻撃を誘発する結果となる。武装した市民の抵抗が賞賛された戦前と、国際人道法が発達した戦後の今とは、まったく状況が違う。そして、国際世論としての市民動員の英雄視は、国際人道法の保護法益を著しく損なう

 子どもの兵士:市民動員の英雄視の延長として懸念されるのは、子どもの戦争参加である。現在のウクライナ戦争の先端が切られる前の2018年頃には、国際メディアによってウクライナのアゾフ大隊による子どもの戦闘訓練が問題視されていた。

 ジュネーブ諸条約や子どもの権利条約は言うに及ばず、戦時の子どもの戦闘への訓練と徴用は厳禁され、その後も、特にアフリカの紛争の国際法廷の判例の集積により、子どもの徴用は戦争犯罪という認識が確立している。しかし、平時における「訓練」を違法化する明確な条約と解釈はいまだない。しかし、上記2018年当時のウクライナは、ドンバス戦争の最中、つまり「戦時」であった。

 これがアフリカならば、当該国は即座に制裁の対象になったであろう。現在、ロシア側につくチェチェンやクリミアでも、同様の子どもの戦闘訓練が報道されている。

 戦後、揺るぎない国際人道法の発展の中で、人類が象徴的に達成した法的コンセンサスが、今このウクライナ戦争で窮地に立たされている。法学界のクリティカルな問題提議が今ほど望まれる時はない。

 以上、なにか武勇伝のようになってしまいましたが、この小論が日本の法学者、特に国際法学者の皆さんの活発な議論に貢献することを祈って。

 そして、これは時間の問題だとは思いますが、この戦争をチャタム・ハウス・ルールなしでオープンに、冷静に議論できる時期が早く訪れることを祈って。

伊勢崎賢治

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 参考までに、関連する以下の記事もぜひお読みください。あたかも、ウクライナ東部のドンバスでは2022年まで犠牲者は誰もいなかったかのような報道が、いかに欺瞞に満ちているかを示すものです。ウクライナ紛争の犠牲者1万6150人のうち55.1%を占める8899人が、ドネツク州とルガンスク州、いわゆるドンバスと呼ばれる連邦2州の犠牲者なのです。

 この2州は、ロシア語話者が大半を占めるため、この連邦2州の犠牲者が、ウクライナ紛争全体のロシア系の住民で、最も大きな犠牲を払っていることがわかります。

 このドンバスでの犠牲を「ジェノサイド未満」なので無視してよい、という理屈はありえません。

 この事実に立脚しないジャーナリズム、アカデミズムは、故意か否かにかかわらず、政治的な情報操作に加担するという「犯罪」を犯していると言って過言ではありません。

 岩上安身

※2022年2月24日から10月23日までにウクライナの民間人犠牲者は1万6150人! ドンバス地域の政府軍支配地域での死者の数(3365人)は、ロシア軍支配地域での死者の数(423人)の約7.96倍! 2014年に始まったドンバス戦争の拡大版が、現在行われているウクライナ紛争! IWJは2月下旬にドンバスに侵攻する計画を記したウクライナ軍の軍事文書を仮訳!(日刊IWJガイド、2022年10月27日)
https://iwj.co.jp/info/whatsnew/guide/51461#idx-1


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