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「女大関 若緑」が山形新聞に紹介されました [宮内よもやま歴史絵巻]

徳勝龍優勝のおかげで、今朝の山形新聞「談話室」に「女大関 若緑」が登場しました。

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大関若緑Scan 27.jpg▼▽小さい時分から男をしのぐ力持ちだった。14歳の少女の頃、いじめっ子たちをとっちめようと銭湯の男湯まで追い掛けたことがある。そこで逆にいじめっ子の親分格のガキ大将から相撲を挑まれたが、見事に転がした。
▼▽昭和の初め、歳の女学生だった時に女相撲の巡業を見る。「自分も相撲取りに」という思いを抑え切れず、故郷の宮内町(現南陽市)を飛び出し興行元に入門した。しこ名「若緑」を名乗り戦前に各地を巡業、人気を集めた。経緯は遠藤泰夫著「女大関 若緑」に詳しい。
▼▽引退後は縁あって愛媛県に住み、料理屋を営みながら子どもを育てる。ただ相撲界は存在を忘れなかった。親交のあった高砂親方(元横綱前田山)は一門を引き連れて愛媛に巡業、勧進元として若緑を男相撲の土俵に上げた。女人禁制の伝統からすれば異例中の異例だった。
▼▽こちらも異例ずくめである。大相撲初場所千秋楽、結びの一番に幕尻の西前頭17枚目、徳勝龍が登場し初優勝を決めた。 決して若いとはいえない33歳、しかも再入幕したばかりだ。 辛抱を続ければいつか花咲く日が来る。優勝直後の男泣きはそんな言葉を実感させてくれた。

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宮内生まれの女相撲 大関若緑 小.jpg

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