mespesadoさんの大事な記事、見逃していました。

《今より精神性が高かったのではないかと言われている縄文時代には、別に「天皇」など居なかったのに、何万年も安定して続いたのは、実は彼らは「一なるもの」を中心に据えた思想を持っていたからではないか、と密かに思っています。》縄文以来の人類の精神史の中に「天皇」が位置付けられようとしています。それはまた、「東洋」vs「西洋」を止揚する可能性につながります。井筒俊彦の世界です(「ニセだらけの現実世界→リアルな宗教的世界」https://oshosina2.blog.ss-blog.jp/2021-03-07)。折しも昨日の記事を書いて、参政党を「霊性」レベルで考え始めたところです。今後の展開、ゾクゾクしながら待ってます。(「mespesadoさん講義(4)井筒俊彦ワールドへ」https://oshosina2.blog.ss-blog.jp/2019-12-14

suyapさん、大きな転換を図るムーブメントは、必ず賛否両論喧々諤々を伴うものです。それを逐一否定・追放していると、ムーブメントは縮み、やがて消えてしまいます。今までの日本の弱小ムーブメントはそのパターンの繰り返しだった。それを乗り越えるパワーを吸い上げられるか、これからが見ものです。》全くその通りです。

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