858:mespesado :2022/02/23 (Wed) 15:35:17 このスレでも話題になっているので、早速、岡潔と小林秀雄の『人間の建設』を買って読み始めました。 本文147頁のうち、まだ最初の42頁までしか読み終えてませんが、ここまでの段階でちょっと感想を書きたくなりました。 亀さんがブログで紹介していた動画での解説にもあるように、岡さんは、「個性」というものについて、自分が意識的に自己主張をして作ったモノは個性とは認めない、そうでなくて、それは鑑賞する人にとっても「自然」なものである必要があって、そのような真の知性に基づくモノであるべきで、「個性」というものは、意図的(わざとらしい、という意味で)ではない、自然に表出するものとして存在するのだ、というような趣旨のことを述べておられるように思いました。 私も専攻が数学で、岡さんの業績をある程度知っていましたから、岡さんがこのような考え方を持っていることはすごく納得感があります。 岡さんの専門分野は「多変数複素解析学」という解析学の一分野で、ちなみに私の専攻も「解析学」でした。但し、同じ解析学と言っても「関数解析」という専攻分野だったので、そこは少し違います。で、「解析学」というのは、端的に言うと、「数」の世界の「関数」という数学的対象の性質を究明する分野なのですが、その中の「複素解析学」というのは、いわば最も「自然」な関数を研究対象とする分野なわけです。数学で言う「自然」というのがどういう意味なのかよくわからないと思うので、イメージ的に説明すると、例えばここに、紙に書かれた図形があって、その図形の下半分が別の紙で覆われて隠されているとします。で、上半分の見える部分に上に弧を描いた正確な「半円」が見えているとします。その場合、隠された下半分にどんな図形が描かれているか、と聞かれたら、「下に弧を描いた半円」が隠れていて、上下を併せると、きれいな円が描かれている、というのが最も「自然」な答ですよね。ところがこれに対して、覆っている紙をどけたら、なんと、下に尖ったV字が描かれていて、実は雫を上下逆さに描いた絵が描かれていたんだよ、という答だったとしたら、何か「不自然」で騙されたような気がするでしょう。しかし、これだって、れっきとした図形であることに変りはないわけですし、この例でいう上半分が半円だったら全体が円である場合だけを考える、というような解析学が「複素関数論」であり、雫型であろうが何であろうが図形なら何でもOKよ、という立場が一般の「解析学」で、私が専攻した「関数解析」というのは、どちらかというと後者に近いものがあります。 さて、この岡さんの専門分野である複素解析学の世界における研究における「関数」の性質というのは、一部を決めるとすべてが「自動的に」決まってしまう。言い換えると、人間が勝手に好きなように決める、ということができなくて、その自動的に決まってしまう関数の性質を一生懸命に頭を使って調べる、というタイプの学問です。ただし、その調べ方、アプローチには個々の数学者の個性が出て、様々な「手法」が出てくる。こういった分野で長年研究を続けてきた岡さんが語る上記のような「個性」論というのは、まさに、この「複素関数論」の世界そのもの、という気がしています。 ところが、これに対して私が専攻した「関数解析」というのは、日本人も大いなる貢献をしては来たけれど、主としてリードしてきたのはフランスの数学者たちです。そして、フランスと言えば「Ce qui n'est pas clairen'est pas francais.(明晰ならざる者はフランス的に非ず)」の国。数学の世界も同じで、フランス数学はとにかく明晰をモットーとするのですが、どこか「人為的」なニオイがする。関数解析も、めちゃめちゃ明快だけれども、すごく「人為的」な世界です。上半分が半円で下半分がV字型でも全然かまわない、それが「自由」だ!といわんばかりの数学です。そして、このフランス流の「関数解析」というのは、『人間の建設』でも岡さんが述べておられた「内容のない抽象的な概念」(25頁)がバンバン飛び出して来て、口の悪い数学者はこれを「ジェネラルナンセンス」とこき下ろしていましたけれど、岡さんは、こういう数学も見ていますから、上のような感想を持ったのだろうな~、と納得するところがあるのです。 さて、こういう意見を持ち、また偉大なる業績を持つ岡さんですが、この本を手にする前までは、何となくこの岡さんのような考えにどこか違和感というか、すなおに敬服するという気持ちになれないなぁ、と思う部分があり、それは一体どの部分をそう感じていたのか今一つはっきりしなかったのですが、38頁以降の、「数学基礎論」とよばれる数学の一分野に踏み込んだ意見を読んだところで「なるほど!そこか!」と腑に落ちたところがあるのです。長くなったので分けます。 (続く)