中島から政府の情勢を聞くうちに、陸奥の心は憂悶に閉ざされて行く。かつて新政府が発足した際、外国事務局御用掛として肩を並べて立っていた寺島宗則は外務卿、伊藤、大隈も今や大久保政権下で最重要の地位に登用されている。
陸奥は大隈について、「経済に通じず、吏務を解せず」と彼の更迭(こうてつ)を木戸を通じて何度も訴えて来た。その大隈が大蔵卿に昇進したのである。陸奥はいまだ大蔵少輔心得という属僚の地位に甘んじていなければならない。「極東のプロシア」とも称された紀州の都督としてビスマルクに謁見したこの俺が……。怒りと無念が込み上げる。
中島の問い掛ける声がしばらく耳に届かなかった。陸奥は湯呑みのお茶を一口に啜った。冷め切っている。中島の声がやっと聞こえた。
「……西郷と板垣の思想は水と油、月とスッポンほどの違いがあるのに、なぜ『征韓論』で提携し、こぞって野(や)に下(くだ)ったのか、僕にはよく分からんのです。西郷は天皇至上の、倒幕派とはいえ、士族中心主義、片や板垣たちは自由民権派。この双方にどんな共通点があったのだろうか、と……」
陸奥は腕組みして、しばらく眼下に広がる海を眺めていた。傾いた日が、三原山から昇る噴煙を薄紅に染めている。座敷の奥から老婆が急須を持って現れ、湯呑みに熱い茶を注いでくれる。
「こうやっていると、和歌の浦の海を思い出す」
と陸奥が言う。
「僕は宇佐の海ですね」
「そうだ、海だ。この向こうは太平洋だ。坂本さんも君も大江も、私も海だ、海局を目指して来た。しかし海局とは何だろう。恐らく、西郷も板垣もそうだ。幕府権力という二百年以上も絶対的権力を誇った政府、磐石と思われた巨大な建造物を破壊したその向こうに見ようとしたもの、それが海局だ。西郷が夢見た海局と、板垣たちのそれはもちろん全く違うものだった。一方は郷愁をそそる封建的士族共同体だ。板垣たちは民撰議会と自由民権の世界だ。
だが、西郷と板垣が破壊した建造物の向こうに見たものは、『有司専制』という巨大な化物のような官僚世界だった。これが彼らの共通の敵となった。『征韓』は打って付けの共同戦線の口実だ。『征韓論』は何も事新しいものでなく、尊王攘夷の思潮の中にもあったものだからね。例えば橋本左内や吉田松陰、勝海舟、木戸さんだってあの頃は征韓論を唱えていた」