多極安定の進展下での日本の今とこれから [田中宇]
中東全体解決の試み
2024年11月14日 田中 宇 ドナルド・トランプの当選後、中東の敵対関係を全て解決していこうとする試みが進んでいる。いま中心になっているのは、米露(トランプ、バイデン、プーチン)が仲裁してイスラエルとヒズボラを停戦させる策だ。
イスラエルの戦略担当相ロン・デルメルが、ヒズボラの代理をつとめるロシアを秘密訪問した後、11月11日に訪米してトランプやバイデンと会った。(1)ヒズボラがレバノン南部でリタニ川以北まで撤兵する(2)代わりにレバノン国軍が警備に入る(3)それらを見届けて2か月後にイスラエル軍が撤兵する、という停戦案を検討しているらしい。
(Significant efforts to end fighting in Lebanon underway with both Trump and Biden support)
(Dermer to discuss Lebanon ceasefire in US after reported secret Russia visit)
ヒズボラは、この10年あまりのシリア内戦を支援してイランからたくさん兵器をもらい、軍事技能を向上させてイスラエルへの攻撃力を強めてきた。その対策としてイスラエルは10月初め以来、ヒズボラを徹底攻撃しておおむね潰した。ヒズボラ潰しが一段落したイスラエルは、停戦して事態を安定化したい段階になっている。
昨年10月のガザ開戦以来の一連の流れは、トランプの当選・就任への日程に合わせている。トランプは、米諜報界(DS)の有力な勢力であるイスラエル(リクード系)と組み、自分を敵視攻撃してくる諜報界の他の勢力(民主党・マスコミを傀儡化する単独覇権派とか)を抑止したい。
(CIA Official Arrested Abroad For Leaking Secret Documents On Israeli Military Plans)
(Israeli official covertly visits Russia for Lebanon ceasefire talks)
だが同時にトランプは、自分の政権下で新たな戦争を起こしたくない。むしろ既存の戦争を解決・終戦させていき、米軍を世界から撤収して覇権縮小(世界の面倒を見るのをやめること)を実現したい。だからネタニヤフを急かし、就任前にかたをつけさせた。
(トランプ快勝の裏側)
(Israel sees ‘progress’ in ceasefire talks with Lebanon, but no deal yet)
イスラエルは2001年の911以来、米国を中東の諸戦争に引っ張り込み、恒久的なイスラエルの衛兵として使う策を採ってきた。だが(この策を隠れ多極派が自滅策に転換したこともあって)米覇権は衰退傾向にある。
イスラエルは米国を頼れなくなる、米国を引っ張り込むために作った自国とイスラム側との敵対構造を崩し、和解していかねばならない。単にイスラエルが穏健化するだけだと、ヒズボラなどイラン系が米覇権衰退後、イスラエルに報復攻撃してくる。だからイスラエルは先に、イラン系を軍事的に無力化してレバノンやシリアから掃討した後でないと、和解策に転じられない。
(Russian official: 'Russia is prepared to assist in reaching a deal in Lebanon')
またイスラエル(リクード)は、パレスチナ人を信用できず共存不能と考えており、ガザ市民をエジプトに、西岸市民をヨルダンに追い出すパレスチナ抹消策を進めている。
パレスチナ建国案は80年間、米国の単独覇権派(英国系)がイスラエルの台頭を防ぐための弱体化策として強要してきた。英国系のライバルである覇権放棄屋のトランプは、パレスチナ抹消策に賛成してリクードと組んでいる。
イスラエルは、自国周辺のイラン系を弱体化した上でイスラム側(アラブ、イラン、トルコ)と和解する策を模索しつつ、準国内ではパレスチナ抹消を完遂したい。イスラム側はパレスチナ抹消に反対なので、イスラエルの策は矛盾を抱えている。イスラム側との和解は、非公式(対アラブ、トルコ)または冷たい和平(対イラン)になる。
(Israel's Smotrich tells authorities to prepare for West Bank annexation)
(‘Netanyahu will want a lot from him’: Can Trump reconcile Israel and Iran?)
トランプは、自分の大統領就任より前に、イスラエルが上記の戦略をできるだけ進めておくことを求め、急がせた。ネタニヤフは、2023年夏にトランプと話をつけ、2023年10月にハマスの攻撃を誘発してガザ戦争を開始した。そしてガザ抹消が一段落した後、今年10月にヒズボラ潰しの大攻撃に踏み切った。
ネタニヤフとトランプは、1月20日のトランプ就任より前、早ければ今年11月中に、レバノンでの停戦を実現したい。これにはヒズボラを支援してきたイランの了承が必要だ。
イランと親しいロシアは、イランをBRICSの非米側の経済システムに組み入れ、イランが中露印度などとの取引で儲けて経済発展していく策を提示し、その代わり、レバノンやシリアに対する軍事影響力の解消(イスラエルがイラン系の軍事拠点・補給路などを空爆して破壊しても黙認すること)や、イスラエルとの冷たい和平の実現を了承してくれとイランに要請した。イランはおおむね了承したようだ。
(Iranian, Russian Card Payment Systems 'Officially Linked': Tehran)
(At War in Ukraine, Putin Emerges as Potential Peace Broker in Middle East)
この話には、トルコとサウジアラビアも絡んでいる。イランが手を引いた後のレバノンとシリアに対してトルコやサウジ(GCC諸国)が支援に入ることで、レバノンとシリアを非イラン系の国として安定させられる。レバシリはイラン側からアラブ側に戻る。
イスラエルやトランプは、トルコやサウジに感謝しつつ、隠然と良い関係を維持していく。トルコは、シリア内戦の負け組から挽回できる。トルコもサウジも、シリアのアサドとの正式和解を寸止めしており、準備はできている。
(厚顔無恥なイスラエルの成功)
(Neutral for now: Persian Gulf states' gamble in the Iran-Israel showdown)
サウジはイスラエルと非公式な協調関係を維持しつつ、習近平の仲裁で和解したイランとも親睦を深めている。
サウジはトランプ当選後、イランと安保協定の締結に向けて話し合っている。米国が単独覇権派の政権だった従来、サウジは米国に反対されるのでイランと安保協定できなかった。
トランプも表向きイラン敵視だが、実際は覇権放棄屋・隠れ多極派の系統(世界が多極化した後の米国の繁栄を模索)なので、サウジがイランと安保協定しても許す。
(Saudi armed forces chief visits Iranian counterpart for rare meeting)
(A Mideast Shift Is Underway, Without Israel)
表向き、トルコやサウジは最近急にイスラエル非難を強めている。これは本物の敵視でなく、イスラエルが早くレバノンで停戦するよう加圧する策だ。イスラエル潰しでなく、正反対の、ネタニヤフが推進したい停戦策を支援する目的だ。リクード内には、イランとの徹底戦争を望む旧来派もおり、ネタニヤフとしては、トルコやサウジから加圧を強めてもらうことで、国内の抵抗勢力を黙らせたい。
('May Be New Beginning': What Could Come From Turkiye Severing Relations With Israel)
(What's Behind Saudi Crown Prince's Demand to Israel Not to Attack Iran?)
レバノン停戦を皮切りに上記の全体解決が具現化すると中東が安定し始めるが、イスラエルの準国内であるガザと西岸だけは、今後も事態が改善せず、イスラエルによる追放・殺戮、民族浄化・人道犯罪が続く。アラブやトルコは口で非難するだけで動かず、黙認し続ける。
ガザは民族浄化が一段落しており、イスラエルは今後ずっとガザの廃墟を封鎖し続け、残っている市民をエジプトに追放し、帰還を拒否し続ける。
西岸のパレスチナ人追放策の人道犯罪は悪化し続けている。イスラエルは報道管制のため西岸を封鎖しており、おそらくトランプ就任後もずっと、情報が少ないまま人道犯罪が続く。
(The state-backed settler war to annex the West Bank)
(Israeli Minister Says Trump Victory Presents Israel 'Opportunity' To Annex West Bank)
この中東解決策において、トランプとプーチンは協力関係にある。2人とも、本質的に親イスラエルだ(プーチンは表向きパレスチナ支持を演出)。
2人が協力関係にあるなら、ウクライナ和平も進むのかといえば、そうではない。ロシアは、和平しない方が非米側を結束させて発展できる。そのために、クルスクを占領するウクライナ軍を放置している。この点が変わらない限り、ウクライナ和平は実態のない騒動のままだ。ウクライナの話はまた書く。
(Iranians Frustrated By China, Russia For Meager Response To Israeli Strikes)
(Ukraine prioritizes holding Russian land over its own defense – media)
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これは「中東全体解決の試み」の続きです。
https://tanakanews.com/241114mideast.htm
3日前に書いた、イスラエルとヒズボラ(レバノン)の停戦を軸にした中東全体解決の試みが、さらに進展している。ロシアとイランが、停戦や和解の交渉の中に招き入れられている。
イスラエルは(米国でなく)ロシアが停戦仲裁役の中心になるのが良いと考え始めている。イスラエルは、イラン、シリア、ヒズボラのイラン系3勢力を譲歩させて、停戦や安定化(冷たい和平体制の構築)を実現したい。米国はイラン・シリア・ヒズボラのすべてを敵視してきたので交渉や対話のパイプがない。対照的に、ロシアは3勢力のすべてと仲良くしてきたので、簡単に交渉の仲裁役になれる。
https://www.express.co.uk/news/uk/1976444/israel-reveals-progress-lebanon-peace
Israel looks to strike deal with Russia to crush Hezbollah and bring peace to Lebanon
https://www.newsweek.com/war-ukraine-putin-emerges-potential-peace-broker-middle-east-1977721
At War in Ukraine, Putin Emerges as Potential Peace Broker in Middle East
米国は、ウクライナ戦争などでロシアを敵視している。米国とロシアが仲良く一緒に仲裁役をやるのは不可能だ。どちらかを選ぶ場合、イスラエルは米国ととても親密なので、常識的には仲裁役を米国に頼むしかない。
だが米国は、イラン系と敵対しており仲裁役に向かないし、中東覇権も衰退する一方だ。米国が失った中東覇権のかなりの部分(とくにイラン系との関係)がロシアに移っている。
イスラエルは親米だが、日独など「米傀儡」の諸国と正反対に、イスラエルが米国を傀儡化して牛耳っている。日独がロシアと親しくしたら米国から非難懲罰されるが、イスラエルは好き勝手にやれる。イスラエルは、ロシアと米国が別々に中東全体解決を仲裁するようにしたい。
イスラエルは、ロシアが米国を押しのけて中東の主な仲裁役になるようにいざなっている。イスラエルは以前から、目立たないようにしつつロシアと親密だ。
https://tanakanews.com/180218israel.htm
米国に頼れずロシアと組むイスラエル
https://tanakanews.com/180825israel.htm
ロシアの中東覇権を好むイスラエル
ドナルド・トランプは一期目に、イランを猛烈に敵視していた。トランプがイスラエルのためにイランと交渉することは考えにくかった。しかし今、トランプの側近になったイーロン・マスクが、イランの事実上の在米代表であるイラバニ国連大使と非公式に会った、という報道が出てきている。
トランプはネタニヤフに頼まれ、マスクを派遣してイラバニに会わせたのでないか。トランプは、マスクの独自な考察や発想を高く評価し、それを自政権の戦略に活かしたいと考え、マスクを各種の会合に同席させたり派遣し、見聞させて発想を抽出している。
https://www.nytimes.com/2024/11/14/world/middleeast/elon-musk-iran-trump.html
Elon Musk Met With Iran’s U.N. Ambassador, Iranian Officials Say
マスクはイラバニに緊張緩和を提案し、イラバニはマスクに米政府による経済制裁の解除を条件として出したとされる。米国が制裁を解除したら、イランはヒズボラやシリアに根回ししてイスラエルとの停戦を実現しても良いという話にも思える。
その後イラン外務省が、イラバニはマスクと会っていない、報道は間違いだと全否定した。イランもトランプもイスラエルも、交渉が成立するまでは敵どうしを演じたいのだろう。
https://www.middleeasteye.net/news/iran-denies-meeting-elon-musk
Iranian officials deny meeting with Elon Musk
https://www.rt.com/news/607749-iran-denies-report-musk-envoy-meeting/
Iran denies envoy met with Musk
イランは2011年からのシリア内戦に参加し、シリア経由でレバノンに兵器を送り、ヒズボラにイスラエルを攻撃させてきた。この13年間で、イランの影響力がかなり拡大した。
イスラエルは今回の猛攻撃でそれをすべて巻き戻し、ヒズボラを無力化し、レバノンとシリアをイランの傘下からアラブトルコ側に付け替えて、イランの影響圏を縮小したい。その上でイスラエルはイラン系と(冷たい)和平の関係を構築し、米覇権衰退後の中東を生き延びたい。
イスラエルは最近、米軍も巻き込んで、シリアのイラン系勢力の拠点や兵器流通路を空爆している。イスラム主義系のオルトメディアは、米イスラエルがシリア内戦を再燃させようとしていると喧伝し、私も一時はその見方を鵜呑みにした。
https://tanakanews.com/241009syria.htm
シリア内戦の再燃?
https://tanakanews.com/241102israel.htm
厚顔無恥なイスラエルの成功
実際は違っていて、イスラエルはイランの影響圏を縮小し、最終的に冷たい和平関係を構築するために、シリアのイラン系拠点を破壊している。
トランプは、自分の政権になったら米国の戦争関与を減らしていく。シリアのイラン系拠点の破壊は1月20日の大統領就任式より前に終わらせ、停戦に持ち込みたい。イスラエル軍だけでは間に合わないので、米軍も一緒になってシリアを空爆している。
シリア内戦でアサド政権を支援してきたロシア軍は、シリアに基地を置き、シリア領空内に飛んできたミサイルを迎撃する新型システムを配備している。ロシアは、米イスラエルの空爆を迎撃して阻止できるが、それをやらずに沈黙している。ロシアは(パレスチナ抹消を含む)イスラエルの計画を容認している。
https://www.zerohedge.com/geopolitical/israel-said-seeking-lebanon-ceasefire-january-gift-trump
Israel Said Seeking Lebanon Ceasefire By January As 'Gift' To Trump
イランは、シリアやレバノンでの影響力を完全に削がれるかといえば、そうでもない。政治力もあるシーア派のヒズボラは、今後もイランに忠誠心を持ち続ける。レバノンの暫定首相が最近、イランに対し、ヒズボラとイスラエルの停戦を仲裁してほしいと要請した。今後イランとイスラエルが交渉するかもしれない。
中東の敵対構造が崩れ、これまでなかった種類の交渉が始まっている。もともと中東を敵対だらけにしたのは大英帝国で、覇権維持のためスンニ対シーアなど諸国間の対立を扇動・固定化してきた。英米覇権がなくなる今後、中東の対立構造が解消されていくのは自然な流れだ。
https://www.euronews.com/2024/11/16/lebanese-leader-asks-iran-to-help-secure-a-ceasefire-between-hezbollah-and-israel
Lebanese leader asks Iran to help secure a ceasefire between Hezbollah and Israel
米国はバイデン政権時代(認知症やハリス無能の問題もあり)、露イラン北など敵性諸国との対話を拒否し、傀儡の同盟諸国も敵方との話し合いを禁止されてきた。その結果、敵方の非米諸国どうしがBRICSなどで結束し、トルコ印度サウジなど、親米だが対米自立できる諸国も国益重視で非米側と協調を強め、米覇権衰退と多極化に拍車がかかった。
今後、トランプが大統領になり、非米側の首脳たちと会談する外交に大転換する可能性がある。トランプは1期目に、金正恩と会い続けたり、習近平をマーラゴに呼ぶなど劇的な首脳外交を好んだ。トランプの個性から考えて、2期目も似たようなことをやりたいはずだ。
だが、トランプは覇権放棄屋でもある。首脳外交を展開して米覇権が蘇生するのは望むところでない。
https://responsiblestatecraft.org/trump-restraint/
How Trump can navigate the new multi-polar world
首脳外交と逆の、面談拒否による覇権放棄策を早々にぶちかまされたのが、石破茂の日本だ。石破は、トランプに会談を要請して断られて呆然としているところに、習近平から会談を要請されて会い、冷えていた日中関係の立て直しを受動的に実現した。
米国から見捨てられた日本を、中国がすくい取った。まるで、トランプと習近平が裏で連絡を取り合い、日本(や韓国)を米国の傘下から押し出して中国の側に取り込んだかのような多極化策だ。
中共は、トランプの動きを把握し、自国の優勢のために使っている。日本は、わけがわからないうちに転がされている。日本と同じく米傀儡のドイツも、国力を浪費してウクライナ加担・ロシア敵視をやらされた挙げ句、無自覚なまま国家崩壊している。傀儡国は自業自得に哀れで大馬鹿だ。
親米諸国の中でも、対米自立しているイスラエルやトルコやサウジや印度は、多極化する世界の中を何とかうまく泳ぎ渡っている。
https://www.zerohedge.com/markets/europe-will-draw-short-straw-rising-protectionism
Europe Will Draw The Short Straw In The Next Trade War
いや実のところ、ドイツは悲惨だが、日本はそうでもない。わけがわからないうちに転がされて、結果的にいま必要な多極化対応ができている日本は(大きな力に動かされて救われる)他力本願でうまくいっている。それはそれで意外と良い。日本っぽい。
極を目指さない国、多極化に気づかない人々の幸せ。トランプと習近平という2大本尊を拝まなきゃ。南無多極遍照。世界の隅々を発展させる偉大な多極化。ありがたや。
https://yamap.com/activities/22352280
歩き遍路1-17
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