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プーチンの「神懸かり性」 [本]

よみがえるロシア帝国.jpg

昨日の『よみがえるロシア帝国』を読んだ感想記事、整理してアマゾンにレビューしました。

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《副島 ・・・アメリカとしては、「もう安倍を処分しろ」ということになったと私は断言します。
佐藤 なるほど。副島先生の言論は、過去の私の経験や想像の枠組みを超えています。私には真偽は判断できません。
副島 ・・・英語の表現で”Who benefits most?"という言い回しがある。意味は「そのことで、誰が一番得をしたのか」ということだ。このWhoは岸田ですよ。
佐藤 それはその通りです。間違いありません。》(29-30p)

こんな感じでお互いの考えを明確に確認しながら進む対談。後段になって”お互い同じ”を確認しあった場面があった。

《副島 貧乏だった国民を、プーチンが一生懸命食べさせてロシアを豊かにした。こんなこと、普通の政治家にはできません。だから私は、プーチンは偉大なフィロソファー・キングと呼んでいるのです。
佐藤 そこは完全に同意します。さらに私は、彼の頭脳もさることながら、もう1つ神懸かり的な面がある男だと見ています。これはブルブリス元ロシア国務長官のプーチン観なのですが、私も完全に同じ見方です。/ プーチンのようなKGBの中間官僚が、わずか数年で国家のトップにまで上り詰めたのは異例の出来事です。最初、プーチンは、エリツィン家や周りのオリガルヒ(寡占資本家)から権力を譲られたと思っていました。そのうち国民に選ばれた大統領になったという意識に変わった。それが今では、自分には神から選ばれたという特殊な使命があると考えるようになった。だから、プーチンには神懸かり的なところがあります。》(242-243p)

プーチンの「神懸かり性」の指摘に、日本人の底なる心性への通底を思った。安藤礼二『列島祝祭論』から引く。《明治維新とその後に続いた神道の道徳化、いわゆる「国家神道」化によって、宗教としての神道の中核に位置づけられる「神憑り」は禁止され、同時に神仏習合的な要素を色濃くもっていた民間の芸能も禁止された。さらにはそれら、宗教にして芸能を担っていた修験の徒たちも強制的に解散させられた。神官は世襲ではなく、国家から任命されることとなった。近代国民国家の主権者とされた「天皇」の一族を唯一の例外として、神に仕える者たちはすべて「宗教」から排除されてしまった。》そうして今に至る。「宗教」はすっかりゼニカネにまみれてしまった。しかしそれ以前の本来の「宗教」が、われわれの心性の底には在る。その時見えてくるのが、日本人の源流としての、ユーラシアに広がる「シャマニズム文化圏」である。これからの世界のカオス的状況の中にあって、日本人の心性をそこまで掘り下げること、そのことでプーチンの「神懸かり性」と重なる。

プーチン奉ずる「地政学」同様、戦後影を潜めざるを得なかった理論に、今岡十一郎の「ツラン同盟論」がある。米欧的「西洋覇道」はもちろん、孫文の言う儒教的「東洋王道」とも一線を画す「第三の道」。その基層に在るのがシャマニズム、すなわち「神懸かり」であり「神々との交感」。今岡はそれを「皇道」と言う。それはそのまま、葦津珍彦が言うところの「古神道」であり、『列島祝祭論』言うところの「『憑依』を中核に据えた社会」と言っていい。

佐藤優氏によるプーチンの「神懸かり性」の指摘が、今岡十一郎の言う「第三の道」、すなわち「皇道」に重なった。

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