「露軍の撤退は戦略的撤退」(田中宇) [ロシア]
ロシア敵視で進む多極化
2022年9月16日 田中 宇9月5-8日にロシア極東のウラジオストクで開かれた、露政府主催の年次会合「東方経済フォーラム」は、いくつもの意味で今の世界情勢を象徴するものだった。まず、会合のテーマが「多極型世界への道」「多極化する世界」(On the Path to Multipolar World)だったこと。多極化は、戦後の米英覇権体制が崩れ、ロシア、中国、インドなどの諸大国が、世界の「極」として欧米と肩を並べる多極型の覇権体制に転換していくことだ。従来の米英覇権体制下では、ロシアにとって最も大事な国際関係が、欧米とくにロシアの陸続きである欧州との関係だった。冷戦後のロシアは、米英覇権体制の経済機関であるG7に入れてもらってG7がG8になることを重視した。だがウクライナ開戦によって多極化が大きく進展した今、G7はロシア敵視の機関になり、ロシアは欧米G7とつき合うことをやめ、代わりに中国インドなどアジアの非米諸大国・他の極の諸国とつき合うことを最重視している。 (Eastern Economic Forum plenary session) (Escobar: Asia's Future Takes Shape In Vladivostok, The Russian Pacific)
ロシアにとっては、世界最大の経済大国になりつつある中国との関係が特に重要だ。露中の関係が、今後の多極型の世界経済の中心の一つになる。だからロシアは、中国と接する極東地域で開く東方経済フォーラムのテーマを「多極化」にした。ウクライナ開戦後、ロシアは中国に対する最大の天然ガス供給国になっている。中国がいるので、ロシアは欧州にガスを売る必要がなくなった。ロシアの国営ガス会社ガスプロムは今年、対露制裁の影響でガスの輸出量が半減したが、同時にガスの国際価格が3倍に高騰したため、売上高が倍増している。欧米による対露制裁はロシアを困らせず、ロシアのガスへの依存が強く代替不能な欧州を自滅させるだけになっている。ウクライナ戦争は、ロシアを「欧州の国」から「アジアの国」に変えた。 (Russia to become China’s largest gas supplier – Gazprom) (Russia’s Gas Giant Will See Revenues Surge 85% This Year)
今回の会合で基調演説したプーチン大統領は、ウクライナ戦争について「ロシアの国家主権を強化し、ロシアにとって有益なことになっている」と述べた。すでに述べたように、ソ連崩壊からウクライナ開戦まで、ロシアは欧米と仲良くして欧米世界の一部になることを目指してきたが、米英はロシアを敵視し続け、ロシアは常に米英からの破壊工作や誹謗非難、経済制裁にさらされ、国家主権を強めるのが難しかった(戦後一貫して対米従属を続ける日本も、国家主権がとても弱い)。ウクライナ開戦後、ロシアは経済制裁で欧米との関係を断絶させられると同時に、非米諸国とくに中国との関係を強化し、中露が非米諸国を率いる形に世界が転換した。対露制裁で欧州が自滅し、米国もQE終了やインフレなど民主党政権の愚策によって自滅しつつあり、米国覇権が崩壊し多極化が進み、ロシアは多極型世界の創設者になった。 (Ukraine operation has been 'beneficial' for Russia – Putin) (Hybrid war against Russia is ‘unprecedented’ – Moscow)
ウクライナ戦争によって、米国覇権は自滅し、ロシアは多極化の雄として強くなった。プーチンは演説でそれを指摘した。日本など米国側の報道では、ロシアはウクライナ戦争によって弱体化して国家存亡の危機に立っているかのように描かれているが、それは開戦直後から、全くウソのプロパガンダだった。私は以前から記事で指摘してきた。ウクライナ戦争は、表向き米欧がロシアを潰すための戦争のように見えるが、実は、米国の覇権勢力(隠れ多極派)がこっそりロシアを強化し、欧州と米国覇権を自滅させ、世界の覇権構造を多極型に転換するための策略だ。ロシアは、米国の失策によって意図的に強化されている。プーチンは米国側に導かれて成功している。この傾向は今後しばらく続く。 (Russia is a European country, but the West's hybrid war has forced it to turn to Asia) (プーチンの偽悪戦略に乗せられた人類)
プーチンは東方経済フォーラムでの演説で、ウクライナ戦争の現状について全く言及しなかった。それについて演説後に司会者から問われたプーチンは「(今回の会合はアジア太平洋に関するものだが)ウクライナはアジア太平洋の国でないから(言及する必要がない)」と答えた。ウクライナ戦争はロシアにとって大した問題でない、という意味でもある。ロシアを崩壊寸前に描きたがる米国側の報道を軽信している人は「プーチンは強がっているだけだ」と思うだろうが、それは違う。すでに書いたように、ウクライナ戦争によって崩壊寸前になっているのはロシアでなく欧米(米国覇権)の方だ。ロシアは、ウクライナ戦争によって大きな利得を米国側から与えられている。 (Putin Reveals Why He Did Not Mention Ukraine in EEF Address) (Losing Dominance as Asia Clout Grows, Russia Boosts Sovereignty: Highlights of Putin’s EEF Speech)
ウクライナでは最近、ロシア軍がハリコフ周辺の地域から撤退して統治をウクライナ側に明け渡した。ウクライナ政府はこれを受けて「これからロシアに勝っていくんだ」と宣言し、米国側マスコミは「露軍の敗北。プーチンの窮地」を喧伝している。だがよく見ると、露軍の撤退は、伸びた戦線を短くして戦争の負担を減らすための戦略的撤退と考えることができる。2月の開戦以来、露軍が負けそうだという米国側の報道は毎回この手の歪曲話である。ウクライナにおける露軍の優勢が今後も続く。 (Western Official: Too Early to Say Ukrainian Gains Are a Turning Point) (ロシアの優勢で一段落しているウクライナ)
▼親ウクライナ露敵視をやらされ自滅するドイツと、放任温存される日本
ウクライナ戦争が長引くほど、欧州の自滅など米国側の崩壊が進み、露中が率いる非米側が相対的に台頭し、ロシアの優勢が確定していく。ロシアは時折負けたふりをして戦争を長引かせている。米国は最近、欧州を引き連れて、米欧がウクライナを守ることを明文化する安全保障条約をゼレンスキー大統領と結ぶことを模索している。この安保条約は事実上、ウクライナのNATO加盟を代替するものだ。条約が実現し、ゼレンスキーがウクライナにとって自滅的な戦争拡大をやると、米欧の軍がウクライナに進軍してロシアと戦争せねばならなくなり、第三次世界大戦に発展しうる。ロシア政府は、この安保条約を危険視している。 ("Prologue To Third World War": Kremlin Reacts To Security Guarantees For Ukraine) (Long-term military guarantees from west would protect Ukraine – report)
すでに述べたように、ロシア敵視をめぐる米国(覇権運営担当の諜報界)の目的は、多極化や、ロシアを台頭させることであり、世界大戦や核戦争を起こすことでない。だから多分、欧米がウクライナの安全を保障する条約は今後もずっと検討中でなかなか締結されない。独仏などEU諸国は、米英の対露制裁に付き合わされてロシアからの天然ガス輸入を停止しただけで経済が破綻し、市民が生活苦に陥って反政府運動や右傾化を強め、政治的社会的にも崩壊し始めている。実は極右独裁のヤクザ国家でしかないウクライナのために、何でこんな目に遭わねばならないのかと、欧州人の多くが思い始めている。 (Security guarantees for Ukraine: President’s Office publishes recommendations) (The Specter Of Germany Is Rising)
欧州の本音は、ウクライナと安保条約など結びたくない。欧州は、国是が対米従属だから、米英の指示に従わねばならず、嫌々ながら露敵視やウクライナ支援をやっているだけだ。今後、ウクライナの安全を保障してロシアと本気で戦争しろと米英からきつく命じられるほど、欧州は対米従属のエリート支配が崩れ、反米親露なポピュリスト右派が台頭する。最近スウェーデンなどの選挙で右派が勝っている。欧州が消極的なので、ウクライナとの安保条約はなかなか結ばれない。欧州のエリート支配を崩して非米的なポピュリスト政権に替えるのが米多極派の目標だろう。 (Swedish PM Andersson to Resign After Right-Wing Bloc Wins General Election) ('No Choice But Intervention': Belgium PM Fears "Severe Risk Of Social Unrest") (Populism On The Rise In Canada As "Unelectable" Pierre Poilievre Sweeps Conservative Leadership)
ウクライナとの安保条約の欧米側の締結国は、米英豪加のアングロサクソン諸国と、独仏伊の欧州諸国、ポーランドとトルコの9カ国が予定されている。NATO主要諸国と豪州である。G7の中で、日本以外の6カ国が入っている。日本だけが不参加だ。アジア太平洋で、豪州は入っているが日本は入っていない。日本は、韓国と同様、名前だけロシア敵視の米国側諸国に入っているが、実体的には「中立」、非米諸国に近い路線を歩んでいる。ドイツは対露貿易を大幅に削減して経済が自滅しているが、日本はサハリン2からの天然ガス輸入の継続を決めており、経済自滅していない。ドイツはゴリコリの露敵視だが、日本はそうでなく中立的だ。 (Ukrain2 Kiev releases draft agreement on its security guarantee demands)
中国に対しても、最近米国が中国敵視の一環として台湾関係法の改定を検討、台湾への軍事支援を強めている。ドイツなどEUは、米国と歩調をあわせて中国への敵視や貿易断絶を進めている。ドイツは、最大の貿易相手だった中国と縁を切る超愚策を進めている。対照的に日本は、米独などによる中国敵視の強化に乗らず、中国との協調関係を維持している。日本は、安倍晋三が敷いた「中露とこっそり仲良くする路線」を踏襲している。日本はこっそり非米化している。米国もそれを黙認している。米国覇権を支配する隠れ多極派は、ドイツやEUを自滅させているが、日本は温存している。対米従属である日本は、米国がその気になればすぐに自滅させられる。だが、現実はそうなっていない。 (Senate Panel Advances Bill That Would Radically Change US Taiwan Policy) ("No More Naivety": Germany Working On New Trade Policy Reducing Dependence On Chinese Raw Materials)
米多極派が日本を自滅させずに温存している理由は、プーチンが東方経済フォーラムの演説で、多極型になるこれからの世界経済の中心は東アジアだとぶち上げたのと同じものだ。ロシアが欧州と断絶してアジアの国になり、中露印など非米諸国がアジアを発展させて世界経済の中心にしていく。日本や韓国など表向きは米国側の諸国もそこに参加して実質的な非米諸国として振る舞う。日本など米国側のマスコミはこうした流れを無視し、報道上の表向き(実は妄想)は米国覇権体制が続いているが、実体として世界は多極型に転換し、中露など非米化した東アジアが世界経済の牽引役になり、日韓もそこに参加する状況になる。豪州など、今は中露を本気で敵視する諸国も、そのうち態度を変えて参加する。 (India Dashes US "Hopes" On Oil Price Cap: "We Will Buy From Russia, We'll Buy From Wherever")
そのような多極化のシナリオのために、米国の多極派は、ウクライナを使ってロシアを挑発して開戦させ、欧州を巻き込んで強烈な対露制裁をやって世界を二分して露中に非米側を主導させ、世界の非米化と多極化を推進した。彼らは同時に日本を放任して、日本が中露との関係を維持して、非米化する東アジアの経済発展に貢献するように仕向けている。ほとんどの人が気づかないうちに日本は米国の差し金で非米化している。 (German Foreign Minister Says Support For Ukraine Will Continue "No Matter What Voters Think")
欧米日では世論のほとんどが親ウクライナ反露であるかのように見えるが、豪アデレード大学の学者が、世界のツイッター上の520万件の親ウクライナ反露の英語の書き込みを調べたところ、アカウントの特徴などから、60-80%が人間が書いたものでなくAIによって機械的に書かれた「ボット」であることが判明した。私のウクライナ関連記事を誹謗中傷してくるツイッターの書き込みの中にも、ボットと思われるものが多数ある。今や世の中で「世論」と言われるものの多くは、SNSのボットや、マスコミ権威筋がばらまくプロパガンダなどによるインチキな歪曲である。歪曲によって実際の現状がよく見えなくなっている中で、世界の覇権転換が進んでいる。 (Exposed: The vast pro-Ukrainian 'bot army' designed to influence Western policy makers)
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