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『テクノロジーが予測する未来』(伊藤穰一) [本]

テクノロジーが予測する未来.jpg伊藤穰一著『テクノロジーが予測する未来ーweb3、メタバース、NFTで世界はこうなる (SB新書) を読んだ。「web3」「メタバース」「NFT」「トークン」「イーサリアム」「DAO」「DeFi」・・・、その実体そのものについては全くわからないのだが、読み進めるうちに、たしかに何か新しいことが始まりつつあるにちがいないと思えてくる。《何がどうなるかを決めるのは、テクノロジーそのものではありません。僕らがweb3のテクノロジーを使って、どのような社会をつくっていきたいか。どんなゴール設定をして、来たるweb3時代を生きていくのか。それが、いま、問われています。》(53p)《web3はある意味、1960年〜70年代、アメリカでヒッピー文化が盛り上がった頃の雰囲気に似ています。》(57p)

パソコンを通して外の世界とつながったweb1の時代、ネットを介しての相互交流が自由になったweb2の時代、そしてweb3は、分散型、参加型となって、これまでに考えられなかったコミュニテイが形成されてきそうな感じ。そのコミュニティにおいては、「何ものにも抑圧されることのなく、人間本然に根ざした、より自由で、よりフェアな関係性」が実現される、そんな方向性をおぼろげながら感じさせてくれる。《よい目的を持つ人がテクノロジーを使えば、よい方向に社会は動いていくと述べましたが、実際、web3には社会をよりよくしたいと願う人たちが集まってきている雰囲気を感じます。分散型(非中央集権型)で民主的という、そもそものweb3の性質がそうさせているのでしょう。》(187p)だとしたらうれしい。

最後はこう締められる。《これから日本が行なっていくべき変革とは、ドメスティックなものを、ただデジタル化するだけでなく、デジタル化を通じてグローバルな存在へと変えていくことだと思います。これを大きな目標とし、世界に照準を定めたゴール設定をすることが、日本再生の道を開く唯一の鍵だと考えます。》(223p)

さて、自分自身これからその世界にどう参入していけばいいのか・・・そのインセンティブを与えてくれるくれる手引書としておすすめです。

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早速粡町商店街、HP作成のための補助金申請書にこう書いたところです。


事業実施による効果(予定又は実績)

  ①「よもやま歴史絵巻」展示や年末年始のイルミネーション点灯による「歴史溢れて光り輝く」粡町商店街のHPによるPR

  ②各加盟店を紹介するとともに、加盟店のHP等にリンクさせることで、各個店のPRにつなげる。

  ③2022年は「Web3元年」ともいわれ、分散型・参加型経済圏へのパラダイムシフトが起こりつつあると言われる。その実態はまだ定かではないが、粡町商店街への若い参加者増加の傾向もふまえ、新たな可能性を探る上での基盤づくり(インフラ整備)と考えて取り組む。

 

具体的にどうなのかは、若い人主導でこれから手探りしてゆきます。

 

【追記 8.25】

20年以上前、web2の初期の時代といっていいのだろうか、「正気渙発掲示板」の時代です。こんな文章を書いていました。その方向で進んでいるのだと思いたい。

https://oshosina.blog.ss-blog.jp/2015-09-20

 

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◉インターネットが生み出す新しい世界


インターネットでのメールのやり取りやチャットや掲示板を使った議論や情報交換、そうしたことを通して、これまでには考えられなかった人間関係が生まれています。言葉だけで自分を表現し、言葉だけから相手を判断してできあがる人間関係です。そこでは性や年齢や職業、立場に関係なくだれとでも対等に、しかも思うままの自分でふるまうことができます。それぞれが自由で平等な人間関係が可能なのです。

 

 現実の世界の人間関係はそういうわけにはいきません。身体をもった人間として、その人の行動はいつも他人の前にさらされています。性や年齢といった生まれながらの条件や、職業や立場といった社会的条件の中で「自分」ができあがっています。心の中で「こういう人間だ」と思う自分の外に、、他人からいつも見られている身体をもった自分があるのです。自分が自分をどう思おうと、どうしようもなく他人から評価されながら生きている自分、いつもふたつに分裂しています。パソコンの前の自分と他人の目に触れている身体をもった自分、言葉だけの世界で行動している自分と他人と一緒に暮らす中で身体を使って表現している自分、このふたつの自分の間の大きな隔たりを自覚しだすことが、子どもから大人へと成長してゆく上での大切な通過点です。このふたつの自分に折り合いをつけることが大人になってゆくことと言えるかもしれません。

「言葉だけの世界の自分」は、かつては読書の体験などを通してつくりあげられたものでした。それは自分の心の様子を人前に見せないひとりだけの孤独な世界でした。ところがインターネットの出現によって、言葉だけの人間関係が自由自在に展開できることになったのです。いわば、むき出しの心、素っ裸の心を出し合った人間関係です。このことは、自分の心のもち方までもが生きてゆく上で大切な関心事にならざるを得ないという意味で、人間にとって大きな進化です。

インターネットで育つお互い同士のつきあい方は、現実の世界での人間関係にも広がって、これまでは求めても得られなかったような「深いつきあい」「心を割った人間関係」がいたるところで展開されるような世の中になりつつあるかもしれません。これからの人間の生き方は、それぞれの心のありようが、これまでには考えられないほど大きな関心を占めるようになるはずです。

 

「物から心へ」とはここ十数年来いろんなところで言われてきたことですが、インターネットの普及がまさにそのことを現実のものにしようとしているのです。

 


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