◆プーチン「(領土割譲を禁じた)ロシア憲法に違反する行為は一切しない」発言

 2月14日、ロシア国営テレビが、プーチン大統領の注目発言を放送しました。同月10日に行われたロシア・メディア幹部らとの会合の席で、日本との領土問題においても「ロシア憲法に違反する行為は一切しない」と明言したというのです。

 ロシア憲法は、プーチン大統領が主導した2020年7月の改正で、「領土割譲の禁止」が盛り込まれていました。つまり、プーチン大統領は今回、改めて日本への島の引き渡しを否定したことになるわけです。

 もっとも、プーチン政権が1島たりとも日本に引き渡す意思がないことは、周知のとおりの一連の交渉の過程で、もはや誰もがわかっていることでしょう。菅政権はいまだに「交渉を続ける」と強弁していますが、それは日本政府として今さら引っ込みがつかなくなっているだけのことでしょう。

◆なぜか報道されない「最初から引き渡す意思はなかった」可能性

 つまり、残念ながら、プーチン政権が島を引き渡すか否か?はもはや論点ではありません。現在議論すべきは「プーチン大統領は以前には引き渡すつもりだったが、途中で考えが変わったのか?」なのか、あるいは「もともと最初から本気で引き渡すつもりなどなかったのではないか?」であるべきです。

 ところが、この後者である「もともと最初から本気で引き渡すつもりなどなかったのではないか?」について、日本の大手メディアが検証した形跡は、筆者の知る限りひとつもありません。その可能性についての報道が皆無なので、その可能性の存在を知る人は、日本社会では非常に少ないです。政界関係者もそうですが、報道関係者ですら、ほとんどがおそらくその可能性の存在を知らないと思います。

 もちろんプーチン大統領の非公表の腹の内は誰にもわかりませんから、どちらの可能性も仮説でしかありません。しかし、ひとつのまぎれもない事実を、まず指摘しておきたく思います。

「プーチン大統領も政権幹部も誰ひとり、これまで【2島なら日本に引き渡してもいい】などとは明言していない」ということです。

 これも日本のメディアでは報道されていないのでほとんど知られていないのですが、プーチン政権要人の過去の言動に、そんな言葉はひとつもありません。それならば、プーチン大統領の領土問題への考えについては、「最初から引き渡すつもりはなかった」が堂々の第一仮説になります。以前は引き渡すつもりでいたのなら、日本との長い交渉の年月の間に、そう日本側に持ち掛けないはずもないからです。

 ところが、不思議なことに、日本の言論空間では、「ロシア政府は公式に、2島引き渡し決着を主張している」との言説が支配的です。もちろんロシア政府が公式にそう主張したことなど、一度もありません。

◆ゴルバチョフ時代からあった「領土返還期待できる」という誤報

 筆者は現在、国際紛争や安全保障問題をカバーし、主に軍事専門誌で記事を発表していますが、そうした活動に入る以前、1990年代前期のゴルバチョフ政権からエリツィン政権にかけての頃、数年間モスクワに居住し、いわば“ロシア問題ジャーナリスト”として週刊誌などに記事を書いていたことがあります。その時、北方領土問題についても、ロシア側の政治家や外務官僚などに取材した経験があります。

 その当時も、日本では北方領土返還の期待がたいへん高まっていました。とくにゴルバチョフ政権が対外政策を軟化させ、冷戦が急速に終結に向かった時期に、ソ連経済が極度に悪化したことから、日本では「カネで領土が買える」という期待が高まりました。なかでも1991年4月のゴルバチョフ訪日の前になると、日本の報道ではそうした記事が溢れました。

 しかし、モスクワ政官界を取材すると、そんな声は文字どおり“皆無”でした。日本では"ゴルビー”人気がしきりに報道されていましたが、その頃のゴルバチョフ大統領はすでに政界での指導力を失っており、領土返還など仮にその考えがあったとしても、実行できる状況にはありませんでした。筆者はその時期、「ソ連ニューリーダーを連続直撃! "最弱の支配者”ゴルバチョフでは北方4島は還らない」という記事を書いています。

 じつはゴルバチョフ訪日の直前、カネで買えると勘違いした政界の実力者だった小沢一郎・自民党幹事長(当時)が訪ソし、ゴルバチョフ大統領に直接、巨額の援助と引き換えに島の返還を打診しています。しかし、ゴルバチョフ大統領は一顧だにせずに、その場で拒否しています。