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星岳雄教授の「ゾンビ企業論」 [現状把握]

一昨年スタンフォード大学から東大教授に転身した宮内出身の経済学者 星岳雄先生、5/13の日経「経済教室」で昨年8月にひきつづき「ゾンビ企業論」を展開しています。「ゾンビ企業」論についてはMMTの中野剛志氏の批判があります。「『コロナ不況を機にゾンビ企業を淘汰』という説が、日本経済を壊滅させる『危険な暴論』である理由」https://diamond.jp/articles/-/236535 です。この「ゾンビ企業」論は、コロナ危機で窮地に立たされている人々を追い詰めるのみならず、「日本経済を壊滅させかねない極めて”危険な議論”である」》というのです。星教授がゾンビ企業の具体名はあげていませんが、かつて著書で展開されたように、日本の農業をゾンビ視するとしたら明らかにまちがっており、そのことは以前書きました。→「「ゾンビ企業淘汰」のチャンス(星岳雄東大教授)」https://oshosina2.blog.ss-blog.jp/2020-08-15-2 今回の議論もたしかに論旨は明解ですが、「収益性」ですっぱり割り切ろうとするところの危うさを思ってしまいます。星清一さんDSC_1431.jpg割り切られてこぼれ落ちた部分については労働者の生活を守る新しいセーフティーネット構築》で救うということなのですが、何か大事なことが抜けているような気がしてなりません。星教授のお父さんなら、その辺をグサリと突いてくれそうな気がフトしたところです。
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ゾンビ企業より労働者守れ 経済の新陳代謝どう進める

星岳雄・東京大学教授

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD262ZB0W1A420C2000000/

ポイント
○業績回復見込みないのに支援により存続
○健全企業や経済全体の収益性損なわせる
○企業保護を通じ雇用守る政策の転換急務

主人公のバーバラとその兄が父親の墓のある墓地を訪れると、遠くからぎこちない歩き方の見知らぬ男が近寄ってくる。ゾンビ映画というジャンルを作ったとされる「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」(1968年)で、初めてゾンビが登場するシーンである。

業績が悪化して回復の見込みが立たないのに、債権者や政府の支援で存続する企業が、他企業に悪影響を与えて経済を停滞させている。その様子をゾンビ映画になぞらえ、ゾンビ企業の経済学の論文をリカルド・カバレロ米マサチューセッツ工科大(MIT)教授とアニル・カシャップ米シカゴ大教授と共に書き始めたのは20年近く前になる。

当初は90年代の日本経済の問題を念頭に置いた分析だったが、世界金融危機後の欧州企業や中国の国営企業など、ゾンビと疑われる企業が多数現れて、ゾンビ企業の問題は一般的に議論されるようになった。今般のコロナ危機でも、各国政府による救済融資などがもともと業績の悪かった企業に向かい、コロナ後はゾンビ問題が深刻化するのではないかと危惧されている。

ゾンビ企業という言葉はよく聞くようになったが、中身については誤解されている部分も多い。そこで本稿では、そもそもゾンビ企業とはどのようなものか、どうして問題なのか、その解決には何が必要なのか、ということを整理したい。

◇   ◇

ゾンビ企業は、①業績が悪く回復見込みが立たないにもかかわらず、②債権者や政府の支援により存続する企業として定義される。この2つの条件の両方が満たされなければ、ゾンビ企業とは考えられない。

例えば単に業績が悪いだけでは、ゾンビとは言えない。業績の悪化が短期的要因によるもので、放っておけば回復する場合や、業績を回復させるために事業再構築などが進められている場合がこれに当てはまる。同様に業績が悪く、支援も受けられずに破綻していく企業はゾンビではない。

ゾンビ企業の問題とは何か。まずゾンビ企業の支援のために使われる資源(銀行融資や政府による利子補給など)の機会費用がある。存続すべきではない企業を存続させるための費用だ。

ゾンビ問題にはもう一つ重要な側面がある。ゾンビ企業が市場にとどまり、他企業と値下げ競争をしたり従業員の能力を十分に引き出せないまま雇い続けたりすることにより、他企業の収益性を低下させ、新規参入を難しくするという問題だ。ゾンビ企業が様々な市場で混雑現象を引き起こし、健全企業の収益性を低下させるのである。

業績が悪い企業でも従業員を雇い続ける限り、セーフティーネット(安全網)の役割を果たすので、破綻して失業者が増えるよりもよいという議論もある。だがこの議論はゾンビ企業が存続することで、健全企業、さらには経済全体の収益性が損なわれるという点を十分に考慮していない。

ゾンビ企業で働き続けても、従業員は十分な満足を得られないかもしれない。能力を十分に生かして収益が上がる会社で働く方がよいと思う人は多いだろう。経営者も従業員への責任を果たす義務感から、将来性のない企業の経営を続けていくのは苦しいだろう。

ではゾンビの問題はどのように解決すべきか。一つの方法は、収益性を取り戻すような再構築を進めることだ。その際に政府が支援することも考えられる。しかし支援が再構築への意欲をそぐ可能性には注意しなければならない。これは融資の形で支援がなされるときに特に問題になる。

支援が企業の借入額を増やしてしまう結果、収益を高めるような新しい投資からの収益のほとんどが既存の融資の返済に充てられ、意欲がそがれるという過剰債務の問題を引き起こすのだ。また企業の努力により収益性を取り戻せるか否かを見極めることがそもそも難しいという問題もある。

このほど東京大学は東京商工リサーチと共同でコロナ危機に関するアンケートを実施した。それを筆者が植田健一教授と川口大司教授と共に分析したところ、コロナ対策で導入された実質無利子無保証の融資などを利用した企業には、危機以前から業績が悪化していた企業が比較的多いことがわかった。コロナ後に過剰債務の問題が発生し、ゾンビ問題に発展しないように注視する必要がある。

ゾンビ問題のもう一つの解決法は、ゾンビ企業への支援を停止することだ。その際、従業員が失業して生活が脅かされることは避けねばならない。

淘汰されるべきはうまく行かなくなった企業と雇用関係であり、労働者ではない。ゾンビ企業にとらわれた従業員はむしろ被害者だといえる。破綻により職を失う労働者の生活を守り、最終的には能力を発揮できる仕事を見つけられる仕組みが重要だ。今までの仕事と異なる技能が必要となる場合には、新たな技能取得支援の仕組みも大切だ。

日本では終身雇用制度を前提に、政府による雇用のセーフティーネットを十分に整備してこなかった。コロナショックなどの大きなショックで雇用が脅かされる場合、企業を支援し破綻を防ぐことにより雇用を守ろうとする傾向が強い。

企業を守ることで雇用を守ろうとする方法はゾンビ企業の問題を引き起こすだけでなく、守られる雇用の範囲を狭めてしまう。非正規雇用やフリーランスなど終身雇用制度でカバーされない働き方が大半となるなか、ゾンビ問題を引き起こすことなく、労働者の生活を守る新しいセーフティーネット構築が求められる。

ゾンビの問題を起こさないように事業再構築・産業再構築を加速すること、同時に労働者の生活を守るような新しいセーフティーネットを作ることが必要だ。これらは、筆者も参加した「コロナ危機下のバランスシート問題研究会提言2」の要点でもある。

◇   ◇

コロナショック後も、日本では人手不足が続いている。日銀短観の雇用人員判断DIをみると、全産業および非製造業全体ではコロナ危機が始まってからも、一貫して人員不足とする企業が人員過剰とする企業を上回っている(図参照)。雇用への打撃が大きいといわれる宿泊・飲食サービスでも、2020年12月には人員過剰が少なくとも一時的には解消していた。

雇用の問題は全体的な過剰ではなく、人員過剰企業から人員不足企業への労働者の移動をいかに円滑にするかの問題だ。職業訓練制度の充実などを含む、企業ではなく労働者を支援する仕組みの構築が急務だ。

冒頭の映画は後にハリウッドのゾンビ映画の原型となったが、ゾンビをタイトルに持つ最初の映画は1932年の「ホワイト・ゾンビ」だ。ハイチを舞台にした、呪術師により魂を抜かれて重労働に使われてしまう米国人旅行者とその解放の物語である。ゾンビ企業はまさしくハリウッド映画が描く人間を襲うゾンビだが、そこで働く人々はそうではない。ハイチのゾンビ同様、解放のための方策を考えるべきなのだ。


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