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「東日本vs.西日本」×「中央集約vs.地方分権」 [日記、雑感]

このところの「放知技」板、出世外人さん全開でさらに重厚さアップ。出世外人さんは、昨年のmespesadoさん講演会で、2時間に及ぶ講演を見事にまとめていただいた。(mespesadoさん講演録「本当のオカネと経済の話 」https://www.youtube.com/watch?v=xVJ-PuxWxF4&feature=emb_logo の1:56:20〜2:00:15)最初に出世外人さんの発言を聴いていただくといい、と今あらためて聴いて思った。

さて今回の議論、「東日本」と「西日本」のちがいに、思わず自分を振り返る。意識的自己形成の大事な時期、18歳から26歳までの8年間を「西日本」で過ごした。時々「好戦的」になっている自分に気づかされてハッとすることがある。そんなはずではない自分がそうなっている。その土台は8年間の岡山で培われたか、と出世外人さんの指摘で思わされた。

さらに亀さんが、出世外人さんによる「日本史図式」を思い出させてくれた。「中央集約vs.地方分権」という物差しで見た日本史区分だ。私はその図式にふれて、こう書いていた。「令和」の日本がどうなるのか。そのイメージがくっきりと浮んでくる、読んでいてゾクゾクする議論が「放知技」板で展開されました。亀さんが絶賛されているように、出世外人さんの「日本史図式」がすごいです。日本の歴史を学ぶとき、この図式が頭に入っているといないとでその理解度はまったくちがってくるはずです。日本人の共通理解になっていいと思いました。小学生の歴史の時間から教えるといい。》→mespesadoさんによる1億人のための経済談義(番外22) 「道州制」をめぐってhttps://oshosina.blog.ss-blog.jp/2019-04-13

そして亀さんの直感、「中央集約vs.地方分権」と今回の「攻守」を組み合わせると、何かとてつもない物差しができるのでは・・・》

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946:亀さん:2020/10/03 (Sat) 03:32:09
mespesadoさん、小生の投稿を叩き台にした一連の投稿を有り難うございました。特に印象に残ったのが>>943にあった以下の言葉・・・
__________
日本人固有と思われている「共生の心」というのは、実は人類に普遍的に存
在する「集団本能」であり、たまたま日本以外では、他民族との資源の奪い
合いの長い歴史によって「共生」本能より「他から奪ってでも生き延びる」
本能の方が勝ってしまったがゆえにその陰に隠れてしまい、あたかも「共生」
の心が「日本人の固有伝統文化」であるかのように思われているだけだと思
うのです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
mespesadoさんの上掲の発言には、まさに日本列島という世界でも類い希なる土地、そしてその土地が育んだ日本人という、やはり類い希なる民族的集団を育んだ歴史的背景が、物の見事に表現されていると思います。ここで云う小生の「類い希なる土地」とは、「温暖地帯に属する、一定の広さを持つ列島」といった意味ですが、その意味ではニュージーランドも一定の広さを持った温暖地帯の列島です。しかし、そのニュージーランドに〝日本人〟が誕生しなかったのも、地理的そして歴史的な経緯があったからこそでした。

それにしても、いつも思っていることですが、mespesadoさんの人間観察眼は実に鋭く、深いものがあります。たとえば・・・
__________
ても、その論を絶対視しちゃぁいけない。というか、そのような「絶対だ!」
と思った時の「心理状態」が危ないのですね。そんな心理状態のときに、貴
方の考え方に反する人を前にすると腹の底から拒絶の感情が湧きだすのを押
さえることができなくなる。だから、例え完璧に正しい論だと貴方がいくら
信じていたとしても、それに「固執」したりしないこと。と言うか、それが
どうてもムリというなら、「自分がある考えに固執している」ということを、
第三者的に自分で「自分の上から眺められる」ようになることが大切です。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
mespesadoさんの真理を追い求めている姿勢は、飯山さんのそれを彷彿とさせること度々です。たとえば、「数晩、鷲は考えに考え、悩み抜いた末、反安倍派から親安倍派に路線を変えることにした」と、てげてげに宣言した時は流石と思ったものだし、「この漢ならついて行って間違いない」と心から確信したものです。そして、同様な姿勢(生き様)を、mespesadoさんからも感じ取っています。

それから、「日本語の意外な歴史」の紹介、ありがとうございました。
http://www.jojikanehira.com/

サーッと目を通しましたが、日本語の成立に迫る上で欠かせない、重要なブログであると確信したし、またツランという視座に立脚した、金平譲司氏の「日本語の起源と歴史」についての論考、細かな点は兎も角も小生は基本的に賛同いたします。過去記事は他にもあるようなので、これから仕事の合間に通読していくつもりです。

最近はアルタイ語族は日本語のルーツではない、とするネット記事に時々接するようになりましたが、それなら日本語のルーツは何処だったかと時々考えていました。そんな時、サモエード系の言語という金平氏の指摘、お陰様で小生の日本語成立観に光明が差してきました。その意味でも、mespesadoさん同様、同氏の今後の活躍に期待したいと思います。ありがとうございました。


949 名前:出世外人 2020/10/03 (Sat) 08:48:47
>>946

亀さん、mespesadoさん、以下の部分に、今回の「柿崎」人事、そして「安倍―菅政権」の底流を読み解く鍵があるのではないかと思います。
その一方、亀さんの言われる「日本人という、やはり類い希なる民族的集団」については、もう一歩踏み込んだ考察が必要だと思うのです。


>日本人固有と思われている「共生の心」というのは、実は人類に普遍的に存
>在する「集団本能」であり、たまたま日本以外では、他民族との資源の奪い
>合いの長い歴史によって「共生」本能より「他から奪ってでも生き延びる」
>本能の方が勝ってしまったがゆえにその陰に隠れてしまい、あたかも「共生」
>の心が「日本人の固有伝統文化」であるかのように思われているだけだと思
>うのです。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
>mespesadoさんの上掲の発言には、まさに日本列島という世界でも類い希なる土地、
>そしてその土地が育んだ日本人という、やはり類い希なる民族的集団を育んだ
>歴史的背景が、物の見事に表現されていると思います。
>ここで云う小生の「類い希なる土地」とは、「温暖地帯に属する、一定の広さを持つ列島」
>といった意味ですが、その意味ではニュージーランドも一定の広さを持った温暖地帯の列島です。
>しかし、そのニュージーランドに〝日本人〟が誕生しなかったのも、地理的そして
>歴史的な経緯があったからこそでした。

「日本人」というと、何か均質な集団のようにとらえられていて、特に最近は災害時の冷静な対応などから「『共生』の心が『日本人の固有伝統文化』であるかのよう」な語り方がされる傾向があります。
しかし、実態はもっと複雑だと思うのです。
歴史的に見ても、遺跡などの様子から、平和的で共生的な縄文人に対し、弥生人は小国同士が常に抗争を重ねていて競争的だったといわれます。
また、記紀などをみても、温和な「国つ神」に対し、「天つ神」は好戦的で謀略的です。
秀吉のように朝鮮半島や大陸に積極的に攻勢をかけた時代もあれば、徳川政権のように国内の生産力・資源を主体に有効利用する形で対外的に比較的閉じた環境で共生的に過ごしてきた時代もありました。
「共生」も「競争」も人間が生きていくのに必要な要素ですが、両者を「守り」と「攻め」のような形で、その時々の状況の応じて切り替えてきたのが日本人なのではないかと思うのです。


ここから、あえて地域で人を語るという、かなり乱暴な話なのですが・・・
地域的に見て、西日本「攻め」を指向し「外向き」東日本「守り」を指向し「内向き」という傾向はあるのではないかと思います。
たとえば、内向きな徳川政権東日本を根拠とする政権で、積極的に対外的な交渉に出た明治政権西日本主体の政権でした。
日本列島というのは地政学的にみて「巾着型」で、西日本は巾着の口のように古来から大陸・半島・東南アジアと対外的に開けている一方、東日本は巾着の底のように内陸的にすぼまった格好になっており、それが東西の気質の違いの底流にあるのではないかと。
そして要はこの東西の気質、「攻」と「守」の両方を備えた総体が日本人だと思うのです。
(何か、軟鋼と硬鋼を練り合わせ・組み合わせて「折れず曲がらずよく切れる」を実現した日本刀のようです)
時代に応じて攻守の切り替えが必要であり、攻めに出るには、守りを固める時期が不可欠ですが、現在はいうまでもなく守りを固めて民力を蓄えなければならない時代でしょう。
菅政権下の動向を見る上では、この、いかに日本は守りを固めて民力を蓄えられるかどうか、という視点は重要かと思います。

950 名前:亀さん 2020/10/04 (Sun) 03:27:41
>>949

出世外人さん、今回の投稿もお見事!

本題に入る前に、小生、拙ブログの飯山史観シリーズの一環、「武士の時代 03」の準備を仕事の合間に進めていますが、出世外人さんの〝物差し(中央集約vs.地方分権)を、「武士の時代 03」でも再び取り上げるつもりでいますので、アップしたら感想をお聞かせください。
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16675542/349/

さて、今回の出世外人さんの投稿・・・
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「日本人」というと、何か均質な集団のようにとらえられていて、特に最近は災害時の冷静な対応などから「『共生』の心が『日本人の固有伝統文化』であるかのよう」な語り方がされる傾向があります。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
今の日本列島に居る日本語を母語とする日本人は、かつては黒潮に乗って南方から来た人々、日本海を渡って北方から来た人々といった具合に、様々な民族が押し寄せ、混血していった人々の末裔です。そして、大陸から適度な距離に位置する日本列島という土地に、「共生」・「平等」といった様々な形容の仕方があるにせよ、大陸では見いだせない、日本列島独自の物の見方・考え方をする、「日本人」というものを誕生させた日本列島に、小生は長い間関心を抱き、自分なりに様々な角度から日本列島について考察を重ねてきました。そして、そうした日本列島で育まれた独自の物の見方・考え方があったからこそ、大陸から渡ってくる文化を自家薬籠の物にしてしまう、つまり、自分たちの物の見方・考え方に合ったモノに変えていったと云えるかと思います。

一例として仏教。インドで誕生した仏教が、中国を経由して日本に伝来、空海や最澄らによって日本列島に持ち込まれると、大陸にはない日本列島独自の仏教文化に変容していったのは先刻承知の通りです。そのあたりは、日本列島で生まれ、日本列島が醸成してきた日本民族独特の物の見方・考え方が、大きくモノを言ったのでせう。また、円仁も中国大陸に滞在時、決して日本列島の物の見方・考え方を捨てませんでした。御参考までに、野崎博士も円仁について『文殊菩薩』で取り上げています。
http://iiyama16.blog.fc2.com/blog-entry-8435.html

ここで、出世外人さんの主張・・・
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「共生」も「競争」も人間が生きていくのに必要な要素ですが、両者を「守り」と「攻め」のような形で、その時々の状況の応じて切り替えてきたのが日本人なのではないかと思うのです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
御意。殊に古墳時代以降の日本列島では仰せのとおりの展開でした(弥生時代については、従来の弥生時代観が大きく変わりつつあることから、ここでは割愛)。

加えて・・・
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要はこの東西の気質、「攻」と「守」の両方を備えた総体が日本人だと思うのです。
しかし、実態はもっと複雑だと思うのです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
確か拙宅でだったかと思いますが、酒を酌み交わしながら出世外人さんが、「飯山さんには是非東北の地を訪れ、東北人の心を知って欲しい」、といった旨のことを語っていたのを思い出します。換言すれば、飯山さんが東北の地を訪れ、本当の東北人の心「守」を肚で理解しないことには、飯山さんの古代史観が画竜点睛を欠くままで終わってしまうといったことを、当時の出世外人さんは小生を含め、拙宅に集った他の参加者に云いたかったのだと、今の小生は解釈していますが、当たっているでせうか?

このあたり、飯山史観を一層完成度の高いものにするためにも、是非、出世外人さんの思う東北人の心を、ココでお聞かせください m(._.)m

そして・・・
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時代に応じて攻守の切り替えが必要であり、攻めに出るには、守りを固める時期が不可欠ですが、現在はいうまでもなく守りを固めて民力を蓄えなければならない時代でしょう。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
出世外人さんにお願いですが、出世外人さんの〝物差し〟(中央集約vs.地方分権)に、「攻守」を絡めて立体的な〝物差し〟をココで披露して戴けませんか? 「中央集約vs.地方分権」と今回の「攻守」を組み合わせると、何かとてつもない物差しができるのでは・・・、というのが小生の直感です。ここは是非、よろしくお願いします。

週末は海外の女の子からのメールはゼロ、寂しい思いをしている亀さん@人生は冥土までの暇潰し

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